彼ほどの人非人を他に知らない。





部屋の扉を開けるなり目に入った光景に、影山は目をキリリと吊り上げた。
「あんたもう女には手ェ出さないって言ったじゃないですか」
ベッドの上でイチャコラしている男女を見て、冷笑する影山。知らない女と、現在進行形で影山の恋人である男。ここで、浮気だ浮気だとヒスを起こして騒ぎ出してやるほど、影山は可愛くない。
不穏な空気が流れる。
「徹さん、あの子だれ?」
朝から化粧だけはばっちり決めた女。情事後のしどけない雰囲気を隠しもせずに影山を見る。突然の侵入者に目を白黒させていた。
二人分の視線は全て及川に突き刺さった。
「あれ、こんにちは飛雄ちゃん」
しかし及川自身はのんびりしたものだ。女と一緒のベッドに居ながら、影山に手を振る余裕、否、図々しさか。
何を言っても無駄だ。影山は盛大にため息をついた。







何がきっかけで及川と付き合い始めたのか、影山はよく覚えていない。
同じ部活の先輩後輩、わりと気心も知れて、互いを高め合えるライバル。気が付いたら一番近くに居て、心をさらけ出していた。
男同士ということは異色だったが、二人の関係は、恋人というよりもパートナー……そう、影山は自負していた。
だけど、及川にとっては違ったようだ。及川にとって影山とは、今まで彼が付き合ってきた女の子たちと大差ないらしい。少し興味を持って、近付いて、遊んでから簡単に離れる。おもちゃを選ぶ子供のようで、無邪気なのがとても残酷。
なんだかもう疲れたと、女々しいことを考えながら、影山は及川との関係について悩むことが多くなっていた。
パートナーなんかじゃない。もう、この関係で得るものは何もない。別れるべきだろうかと考えつつも……惰性でここまで続いるだけだ。当初の及川との輝く時間を夢見て……あの頃に戻ってくれないものかと。
それも、そろそろ潮時かもしれない。






***






「ちょっとどういうこと」
その日は、珍しく及川が怒った。何しろ彼の恋人影山の浮気現場を目撃したのだから。
影山のマンションに押しかけた及川は、滔々と責め立てる言葉を吐き出した。
「ねえ何あの男、トビオちゃんのなあに? ねえあのさ、トビオちゃんてそんな子だったっけあんなその辺の男にほいほい足開くような節操無しだっけねえそうなの」
ねえねえねえ、とつらつらつらつら。よくもそんなことを言えるものだと影山は呆れて、腕を組んで及川を見上げた。
「……別に」
「何が別になの?」
面倒臭い。影山は半眼になった。及川のことだから、影山の浮気を知るや、すぐに別れ話を切り出すだろうと決め付けていた。こんなに反応が返ってくるなんて予想していなかったのだ。
普段の意趣返しのつもりで、影山は浮気相手を男に決めた。女より嫌だろうと思ってのことだったが、本当に嫌だったらしい。
「トビオちゃんにとって俺よりいい男なの!?」
こんな具合だ。
「ハイいい男です。だから別れて下さい」
結局強引に、影山から別れ話に持って行った。
そうした途端、影山は急な目眩に襲われた。


床に尻餅をついて、目眩の正体を知った。及川に頬を殴られたのだ。影山は半ば呆然と目の前の男を見上げ、それから怒りを覚えた。
「……っ自分勝手な男は嫌いです。あんたみたいに」
散々浮気しといて、浮気されたら殴るのか。歯を食いしばると血の味がした。
「……俺も、聞き分けのない子は嫌いだよ」
及川の目が冷え切っている。それに怯む影山ではないが、伸びてきた手に前髪を鷲掴まれて、咄嗟に体が強張った。
「イ……っ」
「ねえ、どうして浮気したの? どうして別れるなんて言うのかな?」
ぎりぎりと、髪が千切れるんじゃないかと思うような圧で引っ張られる。顔を上げさせられて、鼻と鼻とが触れ合いそうな距離で及川と顔を合わせた。覗き込む目が奇しい光を放っていた。
「……!」
屈辱だった。今の影山にとって、及川の気に飲まれることはとてつもなく。カッとなった。
「!」
ガツンと鈍い音と共に、影山の拳は真っ直ぐ及川の頬に打ち込まれていた。二人の体はぐらりとよろけた。髪の毛数本を犠牲に、影山は解放された。
しばし沈黙が訪れる。沈黙は重い空気を作りだし、二人とも容易に動くことが叶わなかった。
俯いたフーッと及川が息を吐く。無残に赤く腫れた片頬で笑い、猛禽の目で影山を見据えた。
「……言ったよね? 聞き分けのない子は嫌いだよってさ」
影山の指先がぴくりと震えた。怯えかもしれなかった。
「……俺のことなんとも思ってないでしょう、あんた。なんで、そんなに怒るんスか?」
全然分からない、と影山は零した。
潮時だと思っていた。与えるものも与えられるものもなくなったから、別れようと決意した。それなのに及川の様子を見ていると、まだ愛してもらっているかのように錯覚してしまう。殴られても、浮気を咎めてもらったことが嬉しい……別れを引き留めてもらったことも。こんな思考に憎しみが湧いた。
「……あんたなんか大嫌いだ」
影山は血を吐く思いで言った。及川に弄ばれている。掌で踊るだけの都合のいい人形――結局、影山は及川を捨てきれていなかった。
ここでもう一度及川に好きと言ってもらえれば。影山の心は、簡単に傾いでいくのだ。





20130305
友人の佐久間にネタをもらって書きました。病み川さんです。髪の毛鷲掴みーのの流れが書きたかったんです。こんな出来に……ごめんなさい
不完全燃焼なので、これの及川sideこれから書きます

あとmemoで触れた及影心中バージョン。同じネタから妄想したんですけど、こっちのほうが100倍ドロドロ。一応注意です。そして未完成




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