俺の収入じゃちょっと手に入れられないくらいの良い車に乗って颯爽と現れた及川さん。いつもの車と違う。また車換えたのか。
呆れる俺を助手席に収めてから、びゅんと走り出した。
久しぶりの逢瀬だけど、健全なドライブをする気はないらしい。その証拠に、あまり人目のない場所に車を止めて直ぐのしかかってきた。
及川さんのお綺麗な顔がぐぐっと迫る。
「飛雄ちゃーん」
「何ですかあんた、発情期の猿か。ヤるなら車なんて狭いところ嫌ですよ」
俺はそれを手を突っぱねて抗議した。
及川さんは世の女性を席巻する売れっ子ホスト様だ。普通のサラリーマンの年収みたいなお給料を毎月貰っているし、当然、いい所に住んでいる。フカフカのキングサイズのベッドは魅力的だ。セックスの後、体の具合がいい。
だからするなら及川さんの家でしたいと言うのに、及川さんは「ダメなんだ」と珍しく困った顔をした。
「なんでですか」
「ストーカーがいるから」
「?」
不思議そうにしたら、及川さんが体を起こす。運転席のサイドポケットから何かを取り出して見せた。
「……これ?」
手の平に悠々と収まる黒い箱。光沢のあるプラスチックのような素材だ。なんだろうと思っていたら。
「盗聴器」
と及川さんが言った。
「え、なんスか」
日常の斜め上をいく答えに理解が遅れたようだ。
「盗聴器だって。脱衣所の棚で見付けちゃった。あ、一応もう壊してあるよ」
「へえー……」
俺はまじまじとそれを見つめた。
こんな小さな箱が及川さんの生活を脅かしているらしい。もし俺も同じことをされたら、と考えてゾッとした。
「これが家の中にあったってことは、ストーカーが家に入ってきたってことですよね」
「そうそう、そうなの! 鍵もちゃんとかけてんのに、なんで入って来れるわけ。もう最悪」
探したらトイレとか風呂場とかからも出てきたんだよ、と及川さんは悲愴感たっぷりに言った。
美形っていいことばかりじゃないのか、と俺は思う。
「見付けたのが昨日……だから、まだ家に残ってるかも。気持ち悪いし、そんなところに飛雄ちゃんを連れていけない」
いわんやセックスをや、ということだろう。盗聴の可能性がある場所で抱かれるのは俺も嫌だ。
車を換えた理由ももしかすると分かったかもしれない。
「飛雄ちゃんも怖いでしょ? そんなサイコな女」
「男かも知れませんよ」
「まさか……」
不意打ちにちゅ、とキスされた。
ガクンと助手席が倒れて、狭い車内でマウントポジションを取られる。
「ん……でも、それならホテルにでも行けばいいじゃないですか。こんな狭いとこ、あ」
「男の浪漫的な問題……今日は車で」
「辛いのは俺なんです!」
「大丈夫、その分気持ち良くするから」
いまさら何を言ってももう遅い。
足の上に乗られてぎゅうと抱きしめられれば、全く身動きできない。あれよあれよと、流されるままに。







ふーッと意識して深く息を吐いた。湿り気を与えられた菊座は及川さんを受け入れようとしている。折り曲げられた体が軋む。
やっぱり狭い、明日絶対に酷くなる。
後悔が過ぎるが、始めたてしまったら止まれない。
「……及川、さんッ」
息が詰まった。俺の体は既に疲労による痛みを訴えていた。まだ、入れてすらないのに。
「ごめんね飛雄ちゃん、もっと、我慢」
及川さんは断続的に腰を揺らし、少しずつ中に進んでくる。
その背中に腕を回し、薄いシャツの上から爪を立てて耐えた。
「……っ、飛雄ちゃん、そんなに締めないで、入んないよっ」
「うう、やだ、無理、痛いってえ……」
慣れない場所での行為は思いの外緊張した。いつもより体が硬くて、痛くて。
「う、ぐ……」
目を瞑って歯を食いしばっていると、唇に触れてくる感触があった。
及川さんが舌でもって俺の歯をノックするように突く。うっすら開くと、滑り込んできた。
「ンー、」
「……」
舌をごく優しく、優しく吸われる。少しだけ夢見心地を味わうキス。硬さを無くそうとしてくれている。俺はうっとりと目を潤ませ、しかし。
「……ひッ、」
突如腹や胸に金属のように冷たいものを感じて声を引き攣らせた。
衣類の下に及川さんの手が入り込んでいる。
「やっ……腕時計外して下さいよ!」
「あ、冷たかった? ごめんね」
ベルトの部分が皮膚に当たっていたのだ。
及川さんはボケボケと言いながら高そうな腕時計を外した。微かな音を立てる銀のベルト。
すっかり現実に引き戻されてしまった俺は、及川さんを睨み上げる。折角気持ちのいいキスをしてもらっていたのにと。
「及川さ……」
憮然として唇を尖らせたら、目の前に人差し指を掲げられた。所謂、「静かに」と言いたい時に使うお馴染みのジェスチャー。
「ハイ文句は後。続きしよっか」
「ちょっと、」
文句は忽ち掻き消えた。
時計のない手が再び潜り込んできたのだ。胸の先をくるくると弄りはじめた。
及川さんとの度重なる行為に慣らされて、乾いた手の平が触れるだけで簡単に反応するそこ。
「あ……!」
そんな俺を見て、及川さんが笑った。鼻で。
「感じやすいの」
「うっさい! っあ」
ぐいぐいと乳首を押されて、首がのけ反る。
胸から生まれたジワジワが、だんだんと下半身に集まっていくみたいだ。及川さんのものをギッチリ食い締めていたあそこが緩みを見せた。
瞬間を見計らった及川さんが体重をかけて、ズッと最後まで入り込んでくる。
「あうっ……」
鈍痛。菊座の縁まで全部埋まる。熱い。
「はぁーっ、は、はー……」
「入ったあ……飛雄ちゃん、よく頑張りました」
よしよしと頭を撫でられて、おでこに口づけを貰った。
俺はもう涙がたくさん溢れてきてしまって、及川さんがどんな顔をしているのかよく分からない。それでも及川さんの声がご機嫌なのは分かって、喜んでもらっていると思うとじんわりとした快楽がわく。それくらい惚れているのだろうか。俺は案外健気な質なんだろうか、と馬鹿なことばかり思い浮かべて。
「動くよ」
「はっ、はひ、あ、あ、ぁー……」
一度入ってしまえば、俺の体は苦痛よりも快楽の方を喜んで享受し始めた。
抜ける感覚に足が震えて、突かれると堪らなくなった。及川さんの体に一生懸命足を絡めて、回した腕に力を込めて、必要以上に溺れないように。寄る辺なく快楽に流されるのは怖いから。
「あ、あーっ、ひぅッ」
及川さんがぐるりと腰を回し、満遍なく中を擦った。気持ちいい、気持ちいいと、そればかり考える馬鹿になる。
こんな俺は嫌いだ。みっともなく喚いて泣いて、後で思い返すと卒倒ものだ。恥ずかしい。その時ばかりの快楽に屈するなんて。
「んんぁあ! ひっぐ、お、かわさん、及川さんッ、イ、く……」
ぱち、ぱち、と肌の合わさる卑猥な音が聞こえていた。車の中は異様な熱気に包まれている。
「う、ん……イッちゃえ飛雄ちゃん」
今までほったらかしにされていた俺の性器に、指が絡んだ。ガクガクと腰が震え、溶けていく。体の奥から突き上げる何か。
「ひんッ、ひあ、う……っああぁ……」
「……っ、飛雄ちゃん……」
射精とほとんど同時に熱いものでお腹の中を濡らされて、その普通じゃ味わえない感覚に夢中で及川さんにしがみつく。
抱きしめ返されると、なぜか知らぬ、安堵のような涙が零れた。
「はァ……ちくしょう……」
悪態を付かずにいられない。
ヤる前に嫌がって見せたのが馬鹿みたいな良がりよう。及川さんの思う壷だ。
「気持ち良かった? ねえ飛雄ちゃん」
聞きながら、答えは分かっているんはずだ。及川さんは笑っていた。






***







後日、案の定、俺は腰痛とあらぬところの筋肉痛に大いに悩まされた。もう車内セックスなんてやらない、と深く心に決めた。
昼間から自宅の硬いベッドに伏せって、天井のシミを数えて数刻。
退屈で死にそうなのに動けない恨めしさをここにはいない及川さんにぶつけていると、携帯が鳴った。
「飛雄ちゃーん、元気?」
主はタイミング良くというか、及川さんだった。
「元気ないです」と掠れ声で返す。及川さんは憎たらしいほどハキハキと喋った。
「やー、あのあとさ、盗聴器発見機? みたいなの買って、家中調べたの。そしたら、」
どうやら先日のストーカー話の続きらしい。終わりが分からなくて黙って聞いていると。
「腕時計とか電話機の中とか、そういうとこにも仕込まれてたの! びっくりだよね」
「へえー……それは」
ストーカーって恐ろしい。執念が恐ろしい。目的のためならなんでもできるのか……と俺は遠い目をした。そこでひょこっとある光景が浮かんできた。
「腕時計」
及川さんが外し、ダッシュボードの上に置いたあの時計。途中まで及川さんがつけていた腕時計。もし盗聴器が仕込まれていたのなら当然……。
「……及川さん、腕時計……」
「あ、気付いた?」
汗ばむ手の中の携帯から謝罪が流れ出た。「ごめんね飛雄ちゃん」と。いつものようにふざけた声音で。
わざとじゃないよ、信じてよ、と言い募る言葉も、最早聞こえてこなかった。
この、ボケ。







2012.12.13

コンセプトが分からぬ。

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