――結論から言えば、とても気持ちが良かった。 及川はそれを認めざるを得ない。 男は及川の腰に跨がり、俗に言う騎乗位で、巧みなテクニックを披露してくれた。 やはり女とは違うが、申し分ない締め付けで、更に柔らかくうねるような動きを見せたその内壁。これが男の体かと驚いた。 「ふっ、はは、気持ちい、でしょう」 ぼんやりとした眼差しで、男は及川を見下ろして笑った。肢体が花が熟れるように桃色に染まっていて、とてもいやらしかった。 そうでなくても及川好みの顔が付いている。 酔いと快楽が及川を一時可笑しくさせた。 途中でベッドに場所を移し、最後には及川も腰を突き上げ、男を喘がせるのを十分楽しんだのだった。 「――俺男もいけんのね……知らなかったわ」 「固定観念に捕われるのはつまんないっスよ。もっと楽しまなきゃ」 「へー……そうか……」 ついでにピロートークのようなものも仕出かして、及川はその夜遅くに眠りについた。安ホテルのベッドは寝心地があまりよくなかったが、泥に沈むように深く眠った。 行きずりの男の隣で寝ることに深慮はしなかった。セックスしといて今更だったし、肉体的にも精神的にも疲労困憊だったのだ。 翌朝目を覚ますと、隣には誰もいなかった。 「……夢と違うよな」 及川は思わず独り言を漏らし、男の痕跡を探した。 朝の空気は清廉だった。昨日の汚れに塗れて性的にドロドロした気配はすっかり無い。男ごと消えてしまった。 「まあ、いっか」 その一言で全てを終わらせることにする。名前も聞いていない、一夜限りの相手だ。 「気持ち良かったしー……」 しかし、サイドテーブルに置かれた己の鞄とその脇のメモがふと目に入ってきて、及川は独り言を止めた。 部屋代は俺が持ちますね。と、男らしい大きな文字が見えるメモ。それよりも、口の開いた鞄が気になる。 バッと手を突っ込んで中身を確認した。 携帯よし、免許よし、財布よし……。 ……やけに軽い財布。 見れば、札が全て抜き取られている。残っているのは役割を果たさなくなった革だけだ。 「……」 やられた。 さすがの及川も頭を抱えた。 「部屋代は俺が持ちますねって、それ俺の金じゃん……」 岩泉は心置きなく爆笑させてもらった。及川の失敗談を聞いた後すぐだ。 「岩ちゃんひどいんじゃない? フツー笑う? 俺の今月のバイト代のほとんど持ってかれたんだよ」 対して及川は唇を尖らせ、不満を露にする。イケメン故に許される表情だ。 「ははは、ザマァ。イケメンには天罰が下るんだよ」 「僻みはカッコ悪いよ」 二人は大学のカフェテリアの一角を陣取っていた。 何を隠そう、あんな不真面目な遊びをしていながら、及川は学業を本分とする大学生である。岩泉は同じゼミの学友で、中学からの長い付き合いだった。 そういう岩泉だからこそ打ち明けた話なのに、爆笑されるなんて。及川はいたく悲しい気持ちになった。 「こんな使い古された手法に引っ掛かるとは……」 「被害届は出したのか?」 「まさか。恥ずかしくて無理」 手元のジュースをずるずると啜る及川は拗ねた子供のようだ。岩泉はそれを面白いものを見る目で見ていた。 あの、常に掴み所のない、人を嘲笑う立場の及川が一方的に翻弄されたと言う。珍しいことがあるものだ。 「まあ……お気の毒……ぷぷ」 「……もう笑わないでよ」 岩泉に笑われて、踏んだり蹴ったりの及川は懲りた。懲りたといっても繁華街をうろつくのは止めず、酒を飲むのも止めなかった。 酒の量を控え、ただむやみに声をかけるのをやめただけだ。 繁華街に繰り出す時、及川はあの長身の痩せたシルエットを探してみることがある。しかし、ついに見つからず、そのまま数ヶ月が過ぎた。 20121116 岩泉の口調分かりません。 |