夜の帳が下りた頃。 これからが本番と言わんばかりに輝きを増す繁華街に、及川徹は一人立っていた。 既に酒が入っている。気持ち良くフラフラと人波に流され揺られ。酔いでハイになった心のままに、及川は海月のように人混みを泳ぎ回る。 ――女でも引っ掛ければいい。一夜だけ相手をしてもらおう。 浮ついたことを考えて、歩いている女性の姿に目をやる。休日だからか、普段行き交うOLや学生よりも及川同様に夜歩きを楽しむ女が多い。 及川は顔には自信があった。現に、秋波を送ってくる若い女がチラホラいる。そういう女を誘えば退屈は簡単に紛れるだろう。 そうこう考えながら、ちょうどチカチカ光る映画館の看板の前に来た時だった。 そのとき及川は、下品なネオンに浮かび上がる輝く白いうなじに目を奪われた。 つるつるで、緩やかに綺麗な曲線を描いていて、とても美味しそう。一房かかる黒髪も色っぽい。 及川の視線を感じたのか、その美人うなじの持ち主が振り返った。 ストライク。有りだ。 顔を見た及川はそう一瞬で判断した。 猫目がチャームポイントの綺麗な女だ。ボーイッシュな服装と、ショートカットのヘアスタイルが甘さを抑える。男に媚びない凜とした雰囲気にそそられた。 今日はこの子にしよう。 思い立つと、及川はすぐさま声をかける。 「そこの人、今夜少しだけ付き合ってよ」 微笑み付きで、穏やかに。これで釣れなかった女はいない。 及川の思惑通り、その女は首をちょっぴり傾げた後、口の端で微笑んだ。言葉無しで通じ合う。OKだ。 及川はその女の隣に立った。意外と背が高い。 身長が184ある及川の、顎あたりまで頭がきていた。 女としてはちょっとどうかと思う背の高さだ。しかし、顔が好みならばさして問題にはならない。及川の方がまだ背丈はあるのだし……。 うんうんと一人で頷いた。 そうしているうちに、女はさっさと歩きだす。 迷いなくホテル街へ向かう足取りに、積極的だねと及川は口笛を吹いた。 と、そこまでは良かったのだが、ホテルの部屋に入った後で、及川は重大な間違いに気が付いた。 ベッドに縺れ込むように押し倒したとき、明らかに骨格が違うと思ったのだ。 及川よりは細い。しかし、女ではない体つき。硬いし、胸無いし。 「……」 急に動きを止めた及川を、訝しげに見遣る女。いや、女かどうか分からない人物。 「……何してんスか」 そいつが言う。 及川は衝撃を受けた。声、低っ! そこで、誘った目の前の人物が声を発したのはこれが初めてだと今更のように気付いた。 「……君さ、もしかして男の子?」 恐る恐る聞く。すると、心外だという顔をされた。 「もしかしなくても男だろ。こんなタッパのある女いるわけないじゃん」 即答だ。及川は絶句した。酒によるハイテンションが萎む。 普通に背の高い女だと思っていた。体型を隠すこの大きめのパーカーが悪い。 脱がしかけて掴んだままのパーカーを睨み、それを着ている男を睨んだ。 「マジかよ。勘違いしちゃったー」 パッとベッドから身を翻し、及川は床に降り立った。 何もしていないのに、この疲労感。男をホテルに連れ込み、押し倒し、全く気分が良くない。時間の無駄だ。もう帰ろう。 「ごめんねー。ちょっとした手違いで。俺男は無理だわ」 先に誘ったのは及川の方だが、冷たく言い放つ。 ところが相手は退かなかった。 「試しもしないでそんなこと言うんスか? ねえ、ちょっとだけ」 起き上がった男が及川の腕を掴んだ。 流石に力が強い。どうして気付かなかったんだろう。こうして改めて見れば、明らかに男。 いくら顔がちょっと綺麗だったからって、性別を取り違えるなんて、酒の威力は恐ろしい。 及川は離せと言い募り、男を引きはがしにかかった。 しかし、なぜだ、上手く力が入らない。酔っ払いはそのまま押し倒された。 「……いたいな、ちょっとどいてよ」 先程とは体勢が逆転した。床に押し倒される及川、馬乗りの男。 男はうっそりと怪しく笑った。 「ソッチの人じゃないんなら、男とヤんのは初めてですよね。じゃあ、俺が動きますから、大人しくしてればいいですよ」 そのぶっ飛んだ台詞に、及川は目を点にした。 呆然としている間に、上の男は自由に動き出した。 20121113 及影です。影及じゃなくて及影。 |