03 | ナノ


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【21】ひかり
「それは、できない」「……どうして」雪男は私の質問に答えなかった。「……できない。でも、もう、時間がない」私は漸く振り返った。「時間って、何?」「君の言う通り、魔法は、いずれ解ける。雪もいずれ、融ける。朝が夜に変わるように。……でもそれは、光が失われるわけじゃ、ない」


【22】I was born
「変わることと終わることは、似ているようで、違う。たとえ、終わったように見えることでも、それは本当の終了じゃない。また、始まる。始めることができる。何度でも。……でも、死は違う。死は、永遠の終わりだ。死んじゃいけない。君は、生まれたのだから。生まれてしまったのだから」


【23】劣化する正義
「どうして?」私の声は掠れていた。「望んで生まれてきたわけじゃないのに、何のために生きなきゃいけないの」頬を、生ぬるい何かが伝う。「なんにも知らないくせに。死んじゃいけない? そんなの、偽善だよ。正しいかもしれないけど、そういう正義感みたいなの、下らない、大嫌い!」


【24】努力
「……理由を」雪男は言う。「僕が君に、あげることはできないけれど」その手の中には、テーブルの上に置かれていた黄色い箱があった。「君が、いつも頑張っていることを、僕は知っている。誰よりも努力家であることを、知っている。だから、大丈夫。……君は、生きていて、いいんだよ」


【25】ご褒美
「君が知らなくとも、たとえ、ご褒美が貰えることなんてなくとも。……それでも、君はちゃんと、美しいのだから」その時、雪男は確かに、微笑んだように見えた。白い毛で覆われ隠されているはずの目が、口が。私は記憶の片隅を、強烈に揺さぶられた気がした。「私、あなたを、知ってるわ」


【26】豊穣
既視感に頭がぐらつく。雪男は、小さな箱を私にそっと握らせた。「君は僕を知っている。僕は、君を、ずっと見ていた」暖かいはずの室内なのに、冷たい風が頬を撫でた気がした。まるで、涙を拭うかのように。「春が来るよ。雪が融ける。花が咲く。実が稔る。……きっと、たくさん」


【27】幻
突風が髪を、コートの裾を掬い上げて、咄嗟に目を閉じた。雪男が、「さようなら」と言った気がした。幸せを忘れないで、とも。風にかき消されてしまいそうな、小さな声だった。……真白い雪風に攫われて辿りついたのは、山の麓を流れる小川の、すぐ側だった。私は、まだ、幻の中にいた。


【28】切り取り線
山の入り口にパトカーがたくさん止まっているのを見つけて、捜索届が出されていたことを知った。お巡りさんに連れられて帰りついた家で、飛び付いてきた母の涙と平手打ちに、自分が愛されていたことを知った。白い雪も、凍てつく寒さも、もう既に切り取られた世界の向こう側にあった。


【29】旧友
翌日、私は雨の音を聞きながら絵本を広げていた。『まほうのえほん』という題のそれは、私が昔、悲しいことや辛いことがある度に読んでいたものだった。主人公の知り合いの、兄弟の、旧友。無口で優しい雪男は、一度しかその物語に登場しなかった。「春の女神、オースタラに恋をしている」


【30】挑戦
自分は冬の象徴だから、想いを伝えることはできないのだと雪男は話していた。ボール紙でできた雪の結晶をそっと握りしめる。魔法はもう、解けていた。幸福も、おまじないも、約束も。私が望めば、燃やしてしまえば灰になるのだろう。忘れて、捨てて、逃げて。挑戦する前に諦めてしまえば。


【31】わたし
私は傷付くのが怖かった。だから、一人だけ傷付いたふりをして、痛いふりをして逃げていた。同じくらい臆病なはずの雪男が、拒絶されるリスクを背負ってまで私に会いに来た、その理由に想いを馳せる。幸せとは。わたし、とは。「つくしー、ちょっと来て!」……春はもう、すぐそこだった。




雪解け水は濁らない



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