05 | ナノ


05



「……だいぶ、落ち着いてきた。ありがとう」

 暗がりでもわかるほど血の気の引いた顔で、黒部さんはそう言った。

「そっか、よかった……」

 俺はそう答えるしかなかった。

 賑やかな、太鼓の音や人の声が遠くに聞こえる。
 その明るい世界と今居るこの場所は、何か透明な薄い膜で隔てられているかのようだった。

「…………」
「…………」
「……あ、なにか飲み物、とか、買ってこようか」

 いたたまれずに声をかけると、黒部さんはゆるゆると首を振った。

「お茶、ある」
「そ、そっか……」

 再び訪れる沈黙。
 俺は彼女と同じように、石段に腰を掛けた。
 その横顔を見つめる。

「……なに?」

 少し笑った黒部さんと、目が合う。

「あ、いや……静かだなあと思って」
「うん、静かだねえ……。私は、賑やかなところのほうが、好きかな」
「あ、ほんと? 俺も同じ」

 見つめ合ったまま、微笑む。
 不思議な空間だと思った。

「あの、さ。黒部さん」

 俺は意を決して声をかけた。

「うん?」

 黒部さんが笑う。

「あの、今日……俺じゃない、他の誰かと来る予定だった? 夏祭り」

 さっと黒部さんの表情が変わったのがわかった。
 慌てて、俺は体の前で手を振る。

「いや! だからどうってわけじゃないんだけど……あの……公園で、待ち合わせしてたんじゃないかなあ、って」

 顔色を窺いながら言ったつもりだったが、俯いてしまった黒部さんの様子はよくわからなかった。
 しばらくの沈黙の後、黒部さんはぽつりと言った。

「ふられたの」



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