04 | ナノ


04



「金魚すくいー」

「あ、投げ輪があるよ!」

「吉田くうん、こっちこっち」

 黒部さんは夏祭りを本当に楽しんでいるようで、常に笑顔だった。
 けれど、時々、人混みに目をやる。
 それは、俺のように、怯えているから、というよりも。

「あ、黒部さん、唐揚げあっちにあるんじゃない?」

 指差しながら横を見ると、そこに黒部さんはいなかった。

「え? あれ?」

 慌てて来た道を戻ると、膝に手をやって屈む姿。

「く、黒部さん!? 大丈夫!?」
「だいじょうぶ……少し、貧血おこしちゃったかも」
「貧血……」

 どこか休めるところはないだろうか。
 見回すと、手を繋いで歩くクラスメートの男女の姿が目に入った。

「あ……」

 勢いよく目を逸らす。
 あれ、あの人たちって、そういう……。
 こっち、気付いてないよな。

「…………」

 そうっともう一度見てみると、こちらに背を向けて歩いていくところだった。
 息をついて、隣を見下ろすと、

「う……」

 しゃがみ込む黒部さんがいた。

「く、黒部さん、ほんとにやばいんじゃ……」
「ん……」
「あっち、行こう。立てる?」

 ふらふらと立ち上がった黒部さんの手を引く。

「あっちに、屋台のない、階段? みたいなところがあるから、そこまで行こう」
「うん」
「あ、無理して喋らなくて、大丈夫だから」

 ゆっくりと、歩みを進める。
 あまりに非現実的なことが立て続けに起こると、どうやら人は冷静になるらしかった。

「もう少し、だから」

 俺はそのひどく冷たい手を、ぎゅっと握った。



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