battle tennis | ナノ


 
仁王×芥川




「そっちはどうじゃ?誰かに会うたか?」

「ううん、まだ。オメエは?どこにいるの?」


広大な無人島で殺し合いを言い渡された。
制限時間は意外と短い。
俺は今芥川に電話を掛けながら道なき道を歩いとる。


「林ん中じゃ。お前さんは?」

「俺もだよ…なぁ、俺こわいよ。今どこにいるの?」


耳に芥川の震える声が伝わる。
泣いとるんじゃろうか。
泣いとるんじゃろうな。
同じ質問ばかり繰り返して、同じような場所ばかり歩いた。
踏みしめる度に落ち葉は悲しく音を立てて
泣くように崩れた。


「心配しなさんな。お前さんは目を凝らして前だけ見ときんしゃい。」

「…俺こわいよ、なぁ早く来てよ。誰…誰か、が俺を殺しに来たら…」


殺し合いという言葉は、俺らから信頼という言葉を消し去った。
芥川がこんなにも怯えとるんは、ずっと一緒に生きてきた
跡部も向日も宍戸も、氷帝の奴ら皆を信用できなくなったからじゃ。
何せ、それを言い出したんは氷帝の監督さんじゃ。
心が折れても仕方ないぜよ。


「大丈夫じゃ。お前さんなら逃がしてくれるぜよ。じゃから力一杯走りんしゃい。」

「うそだ。絶対俺、殺されちゃう。絶対絶対一番に死ぬ…」

「心配いらんぜよ。逃げても誰も追ってこん。」


もしも、俺が隣りにおったら
震えとる躰を抱き締めてやれるんじゃが
如何せん言葉だけじゃ伝えにくいのう。
芥川の不安を取り除いてやれん事がこんなにもきついなんぞ、離れてみてやっと気付いたんじゃ。


「よう考えてみんしゃい。お前さんなんぞ、皆怖がらんぜよ。」

「…?う…うん?」

「そんな脅威でも何でもないお前さんを、わざわざ体力消耗してまで追いかけるかのう?」

「……でも…」

「安心せい、芥川。最初はきつうても逃げまわるんじゃ。他が他と殺り合うて人数減るんを、ずっと待つんじゃ。」

「…っ、でも…俺一人じゃ、寂しいよっ!」


泣き声が耳にまとわりついた。
俺を呼ぶ声が、気持ちのええ体温をくれるんじゃ。

のう、芥川
今流れとる涙、拭いてやれんですまんのう。
震えとる手を、握ってやれんですまんのう。

こんな言葉騙しみたいな嘘に縋らせてしもうて、すまんのう。

俺はいつまでペテン師なんじゃろうか。
いつまでもつじゃろうか。
いつまで騙されてくれるんじゃろうか。


「お前さんは一人じゃないぜよ。俺がおるじゃろう。」

「仁王…?」

「逃げ延びて、笑いんしゃい。安心して眠りんしゃい。」

「…なんだ、オメエ。急に珍しく…気持ちわりいなぁ…」

「たまには良かろう、こんな甘ったるい言葉遊びも。」

「こんな状況で遊びとか…オメエほんと不謹慎だな。」

「プリッ。それ誉め言葉じゃろう?」

「誉めてなEー。そうやってすぐはぐらかすCー。」

「お前さんも言うとる割には口癖出とるぜよ。不謹慎ナリ。」

「ほんとだ!すげえなオメエ。俺一瞬怖かったの忘れてた!」


電話口で声がはしゃぐ。
昨日までの芥川じゃ。
眠そうだったんが起きて、何か楽しい事を見つけた時の芥川じゃ。


「…ありがとな。オメエが近くにいるみてえだ。」


はしゃぐ声は打って変わり、優しい音色でそう伝えられた。
こんな状況下で、ありがとうと言える奴が何人おるじゃろうか。
言うてもらえる奴が何人おるじゃろうか。

俺はまだ、お前さんの震える声を抱き締めてやれんのに
いや、ずっと
本当はずっと
『やれん』のじゃのうて、『やらん』のに
お前さんはそうやって、俺のペテンに騙され続けるんじゃのう。


「のう、芥川。電話だけでも安心できるじゃろ?」

「…最初よりはちょっと心強くなったかも。」

「次はどんな言葉で遊ぼうかのう?何て言うてほしいんじゃ?」

「え?んっとねー…大丈夫って。」

「大丈夫じゃ、芥川。」

「俺がいるよって。」

「俺がおる。」

「守ってやるって。」

「守ってやるぜよ。」

「早く会いたいって。」

「……。」

「…仁王…?」

「…あぁ、早う…早う会いたいぜよ。」

「へへっ…」

「他は?他にはもうないんか?」

「…他ー?他はねー…」


芥川との言葉遊びに胸がつんと泣くようじゃった。

大丈夫じゃ、芥川。
お前さんには俺がおる。
俺がずっと守っていくぜよ。


離れたところからなら、いくらでも。


「他はねー…仁王…」

「なんじゃ?言うてみんしゃい。」

「…叶えてくれる?」

「勿論じゃ、言うてみんしゃい。」


まるでペテンじゃ。
まるで俺じゃないようじゃ。
優しい声色に乗せて、いつもなら言う筈もないような
優しい言葉が次から次へと溢れてくる。

まるで俺じゃない。
のう、芥川もそう思うじゃろう?
俺は、俺のイメージは
誰から見ても同じなんじゃ。

掴みどころがのうて、理解できん。
本気にならんで、本心が見えん。
判らん。怖い。危ない。危険。
この状況下なら特に、一番最初に仕留めておきたくなるような
そんな危ない存在なんじゃ。

俺とお前さんは違う。
全くの真逆じゃ。
一番に仕留めておきたい俺とは違うて
最後まで残っても脅威にならんお前さん。

可笑しいのう
不思議やのう
じゃから俺は、お前さんに惹かれたんかのう。


「なんじゃ?言うてみんしゃい、芥川。」

「…たい。」

「…?なんじゃ?よう聞こえん…」

「会いたいよ!仁王!守るなら近くで守ってよ!好きなら傍に来てよ!俺は好きだ!オメエが好きだ!危険でもなんでも!オメエの隣りが一番安心だ!」

「……っ!」


カサ、カサ、カサ…
踏みしめとった落ち葉が鳴く。
一定のリズムで鳴っとった、落ち葉のリズムが消え失せる。
電話口から聞こえとった筈の、落ち葉の音が消え失せた。


「…俺、林ん中にいるよ。なぁ、もう歩けねえよ。」

「……」

「なぁオメエ、充電すんだらどうすんだ?そんな遠くから、俺の事守ってくれるのか?」

「……」

「…危険でいいよ。危険でいいから、俺にもお前の事守らせてくれよ…っう、ひっ…」


ガサッ…
ガサガサガサっ!!


電話口から聞こえとった、芥川の泣き声。
じゃが本当は肉声すら聞こえとったんじゃ。
何も知らんフリで、言葉だけ伝えて

本当は、本当なら
手を伸ばせば掴めたんじゃ。
震える躰を抱き締められたんじゃ。
こんな数メートルの距離、本当は走っていけたんじゃ。


「バカ!仁王のバカ!オメエ、俺をなめんなよバカ!」

「芥川っ!!」


もう耳元にケータイはない。
そんなもん棄てた。
じゃが、芥川の声は聞こえとる。
俺の声は届いとる。
俺らの腕は、触れ合うとる。


「来るの…おせーよ!バーカ!ペテン師!」

「芥川っ!芥川っ!」

「オメエ、俺の事好きすぎなんだよ!俺だってだよ!気付けよバカ詐欺師!」

「詐欺師やのうてペテン師ぜよ。」

「どっちだっていーよ!他は否定しないなら。」

「…はっ、面白いのう、お前さんは。」


誰も俺を理解できなんだ。
自分ですら自分を理解できなんだ。
それがどうじゃ、不思議やのう。
芥川には出来るなんて


集められた広場から
ずっと芥川の跡をつけとった。
一定の距離を保って
抱き締めたい腕を我慢して
いつかは動かなくなる機械に縋って
本心隠して電話しとった。

守る為の最善策じゃ。
余計な傷を増やさん為の最善策じゃ。
俺だけの我慢で、最善策じゃ。
そうペテンにかけとったんは、ずっとずっと自分にじゃった。


「のう、芥川。今もし敵が現れたらどうするんじゃ?」

「戦うよ。オメエの事守る為に。」

「…じゃあ俺は、愛する姫さんの為に本気になるとするかのう。」

「なっ、何言ってんだよオメエ!」

「何がじゃ?姫さん。」

「オメエいつだって本気だろ?」

「…そっちなんか。」

「オメエはいつだって本気だよ!さっきまで本気で俺の事見守ってくれてたじゃんか。」

「……っ…ほんに、かなわんのう。芥川…」


いつも余裕そうに本気になれん俺じゃった。
こんな状況下にならんと本気になれん人間じゃった。
そんな自分が嫌いじゃった。
いつでも素直な芥川に惹かれるんは当然じゃと思うとった。
けど、違ったんじゃな。
お前さんだけは、本当の俺を見とってくれたんじゃな。


「のう、芥川。」

「オメエ、質問しつけーぞ。」

「生き残ったら、結婚するぜよ。」

「んばっ…!バカ詐欺師!結婚詐欺までやってんのか!」

「じゃから、俺は詐欺師やのうて…」


愛の言葉は生き延びてからじゃ。
この手の体温が続く限り。
俺はずっとお前さんだけに本気なんじゃ。
本当じゃ。