構内の中庭辺りでも梅がちらほら咲き始めた、昼下がりの明邦大学・学生食堂にて――

 奈々は、本日の講義を終え、学生も疎らな食堂で友人とのんびり雑談を交わしていた(この友人こそが奈々をオカルト同好会に引き込んだ張本人なのだが、彼女自身は既に退会している…というのは余談である)。


「…歓談中すまないが」

 ふと声をかけられて、奈々は声のした方に顔を向けた。

「あ、タタルさん! お久し振りです」

 ぬうっと現れたのは、相変わらずボサボサの髪にヨレヨレの出で立ちの崇だった。悪い意味でよく目立つ桑原崇その人は、奈々にとっては薬学部の先輩であると同時に、前述したオカルト同好会の会長でもある。

「奈々くん、ちょっといいかな」
「はい。良かったらこちらにどうぞ」
「どうも」

 奈々が勧めた椅子に崇が腰を下ろすと、一緒にいた友人を始め周囲の学生たちが一斉に彼らに視線を注いだ。あの奇人変人の桑原崇が言葉を交わす唯一の女子が奈々だ(むしろ崇が奈々にベタ惚れらしい)という、嘘か真実か定かでない噂のせいである。
 友人が「あたし、ちょっとお手洗い行ってくるね!」と席を離れたのは、崇と奈々の成り行きを遠くからそっと見守りたかったからであろう。


「もうすぐ3月ですし、だいぶ暖かくなってきましたね。タタルさんは今日は実験棟には――」
「挨拶はいい。そんな事より奈々くん、今日は何か俺に言う事があるはずだが」
「え?」

 きょとんとした表情で、奈々が長身の崇を見上げる。小首を傾げたせいで、黒い髪がさらりと揺れる。崇は腕を伸ばして、そっとその髪に触れた。

「…あ、あの…、タタルさん…?」
「今日が、泣く子も黙る大怨霊・菅原道真公の命日だというのは以前から何度も言ってきたけれど」
「そうでしたね…、……あ!」

 奈々が、小さく息を飲む。それを見た崇は、満足そうに口端を持ち上げて笑った。野放図に伸びた前髪の奥の双眸が奈々を捕らえる。

「思い出してくれたかな」
「はい! タタルさんのお誕生日、ですよね。おめでとうございます。…って、えっと、その、すみません…。私、何も用意してなくて…」

 困ったように視線を泳がせる奈々の髪に、すい、と崇が唇を寄せる。鼻先がぶつかりそうな程の至近距離に奈々がぎゅっと目を瞑った時。

「君の声で聞きたかっただけだから。…もう一度、言ってくれないか?」

 低い声で囁くと、崇は奈々の耳朶を唇でついばんだ。ひぁ、と奇妙な声を上げて口元を押さえつつ、奈々はゆっくり目を瞬かせて崇を見つめ直した。

「タタルさん、お誕生日、おめでとうございます…」
「…ありがとう」

 じゃあまた、と言うと、崇はさっと身を翻してスタスタと何処かへ去っていったのだった。


 やがて、固まったままの奈々の肩を、駆け寄った友人が揺すった。

「ちょっと奈々、今のは何なの!?」
「わ…私が聞きたいよ……!」

 指先まで真っ赤に染め上げてぼんやりしたままの奈々に、友人及び周囲の学生たちは「ご苦労様〜…」と溜め息をついてみせるのであった。

 明邦大学は、今日も平和である。

-END-

▼あとがき/2011.02.25
はい、タタルさんお誕生日おめでとう小説でございますー!
タタ奈々の大学時代はどんな感じだったのかなぁと思いながら書いていたら、タタルさんが通り魔的変態になってしまいました(^^;)
昔から、タタルさんの奈々ちゃんに対するセクハラは異常だったという事で。現に今だって衆人環視お構い無しだもんね〜!(笑)
ではタタルさん、奈々ちゃんと素敵なお誕生日をお過ごし下さい。



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