月さえも凍てつきそうに底冷えのする真夜中。
僕は、書こうとして何も書けないままの便箋と万年筆を弄びながら、ふと君が好きだった歌を口遊んだ。歌詞をうろ憶えなせいで、途中で何度もつまづいてしまう。やがて自分の拙い歌に飽いた僕は、君の柔らかな歌声を思い出してみる事にした。
まるですぐ隣で君が歌っているかのように記憶は鮮明だ。僕を愛していると囁く時と同じ、更紗のようになめらかな、君の優しい歌声。僕は、僕の内側に記憶を閉じ込めるようにゆっくりと目を伏せる。君のいない、一人きりの世界で。
閉じていた瞼を押し上げ、手にしていた白紙のままの便箋を折りたたむと、僕は雪の結晶のように白い星砂の詰められた瓶を眺めた。
星砂というのは、遠い遠い南の島の、百合ケ浜という浜辺でしか採れない稀少な砂なのだという。一見ごく普通の白砂なのだが、よく見ると確かに星のこどものような形をしている。旅の好きな友人が瓶詰めにして贈ってくれたそれを、君にも見せてあげたいと僕は考えたのだ。
これまでもずっと、季節が移ろうごとに僕はこうしてきた。言葉にならない君への想いをそれらに託し、封筒に詰めるのだ。
春、僕の肩にひらりと舞い降りた淡い淡い朱鷺色の桜の花びら。
夏の終わりに浜辺で拾った、波に晒され洗われ角の丸まった青い硝子。
秋の最中、夕陽に浸されたように赤や黄に色づいた楓や銀杏の葉。
そして、君が永遠に手の届かない場所へ旅立ってしまった冬。その冬が、また僕の無音の世界に巡ってきた。
君に何を届けようかと、冬が足音を忍ばせ歩み寄ってくるうちから僕は悩んでいた。が、まさか踏みしだかれた枯れ枝や霜を封筒に入れる訳にもいかず、まして雪などは降ったそばから跡を残さず逝ってしまう。そんな悩める僕のもとに、友人を経由してこの星砂がやってきたのだった。
さらさら、さらさら。傾けた瓶から掌に零れ落ちる雪のように白い、純白の星砂。…嗚呼、まるで君の焼かれて砕け散った骨のようだね、なんて思ってしまった僕を、君は叱るだろうか。否、笑うだろうか。
「いつか一緒に行こう、この星砂が眠る暖かな南の島に。世界の果ての、楽園のようなその場所に」
僕は呟いて、星砂を入れた封筒を丁寧な仕草で文机の引き出しにしまった。
折り重なるだけの届かない手紙。積まれてゆくばかりの出せない手紙。書き付けも切手もない、僕から君への手紙。
君からの贈り物だった万年筆に、僕はそうっと唇を寄せた。まるであの夜のように冷たい接吻。君に最後に触れたあの瞬間を、君の肌の白さを冷たさを、君の命が終わる音を、僕は永遠にを忘れる事はないだろう。
君の柔らかな歌声をもう一度思い出したくて、真夜中、僕は万年筆を置いて静かに瞼を下ろした。
-END-
▼蜜月様へ
┗君に贈る歌
▼あとがき
題材にした曲は、『銀ちゃんのラブレター』でした。もう随分昔に「みんなのうた」で流れていた、字が書けない銀之丞くんがユリちゃんに出す情感溢れた優しいお手紙の歌です。ご存知の方いらっしゃいますかね?
勿論その曲の中ではユリちゃんはバリバリ元気だとは思いますが…私が書くと、こんなんなっちゃいました(汗)。何にせよ、素敵なお題と読者様に感謝感謝です!