繰り返し見る夢がある。

 これは夢だ、と僕の頭の奥で鐘が鳴り響く。こういうのを明晰夢と呼ぶのだと、夢の中でぼんやり考える。


 夢の中の幼い僕は、大人に手を引かれ、扉も壁も天井も床も真っ白な病室に辿り着いた。
 清潔に設えられた寝台に静かに横たわるふたつの影が見える。陶器のように白いその肌を、美しい、と僕は思う。でも黙っている。何故なら彼らは、もう動かないし喋らないし呼吸もしないから。

「さあ、お別れのキスを」

 僕は背中を押され、訳も解らないまま寝台に歩み寄ると、そっとふたりの頬にくちづけた。触れた肌は冷たく、百合の花の薫りがした。

「…さようなら」

 聖堂に黒い人波が出来ている。さざめくように響く啜り泣きの声、囁き声。さっきの人達のお葬式なんだ、とぼんやりとした頭で僕は辺りを見渡す。
 彼らの死を悼む人々が、僕の眼前を幾度も幾度も通り過ぎてゆく。「まだちいさいのに」「ひとりぼっちでのこされて」たぶんそんな事を話し掛けられているらしいのだが、夢の中の僕は答えられずに俯く。だって、これが誰の葬送なのか、悲しいのか淋しいのか、頭は空っぽで気持ちはぐしゃぐしゃで、なんて言ったらいいか解らないから。

 百合の花が、薫る。

 気付くと僕はひとり、寝台に横たわっている。眠れずにシーツに埋まる僕に、ピアノの音が雨のように降り注ぐ。きらきらひかる、おそらのほしよ。口遊みながら、僕はいつのまにか眠ってしまう。

 そして、夢の中で夢を見る。

 手を引かれて訪れる真っ白な病室。最期のくちづけ。百合の薫り。ピアノの旋律。…夜の底の底で、繰り返し、繰り返し。

「…パパ、ママ」

 目覚めると、僕はいつも泣いている。


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