「ううん、グリム童話だよ。『ラプンツェル』って話」
「童話? どんな話?」
えっと、と、はにかみながら椿が左手で前髪をかき上あげる。さらさらの髪。陽射しに透けて、俺の目には金色にすら映る。
「高い塔に閉じ込められたお姫様に会いに王子様がやってくるの。でも塔には出入口がなくて、窓がひとつあるだけ。…さて甲斐君、王子様はどうやってその塔に入るのでしょうか?」
「根性でよじ登る」
答えた俺に、まさか、と言って、椿が笑う。鈴を鳴らすような心地いい声だ。
「あのね、王子様が声を掛けると、お姫様は窓から美しい金色をした長い長い髪を下ろすの。そして、それを伝い登って王子様はお姫様に会いにいくってワケ」
「へー。でも椿も髪長いから、そのお姫様…ラプ何とか」
「ラプンツェル?」
「そう、それみたいだな」
「ええ? 私が?」
目を見開きつつ、椿はみるみるうちに白い頬をかあっと紅潮させた。そして、俺は手を伸ばす。椿の長い髪に。ゆっくり、壊さないように指を触れる。…そう、俺はずっと触りたかったんだ、椿の、この髪に。
びりり、と、指先に電気が流れた、気がした。俺の髪とは全然違う、柔らかい髪。まるで時間が、世界が止まってしまったみたいに静かだ。
何が起こっているのか、何をされているのか、混乱していたらしい椿は最終的にぎゅっと目を瞑った。怖かったのかもしれない。俺はハッとして手を離した。
「ごめん、前から椿の髪、触ってみたかったから。気持ち悪い事してごめん」
「ううん大丈夫! 気持ち悪いなんて全然思ってな、」
「ところで椿」
「は、はいっ」
俺は未だ動揺がおさまらないらしい椿を覗きこむと、わざと意地悪くニヤリと笑いながら尋ねた。
「椿がわざわざ俺の席に座って本読んでるのは、何で?」
「………うっ」
言葉に詰まる椿を見つめると、俺はその頬にそっと触れてみた。一瞬、驚いて目をまんまるくした椿が、ふっと脱力したように微笑んだ。
それはまるで、花が咲き零れるような微笑みで。きっと童話に出てくるお姫様も、こんな風に笑うんだろうな、と、俺は思った。
-END-
▼蜜月様へ
┗まるでおとぎ話のように
▼あとがき
題材は、そのものズバリ『ラプンツェル』です。魔女によって高い塔に閉じ込められたお姫様、その金色の美しい髪を伝ってお姫様に会いにゆく王子様…なんだかロマンチック! と思いきや、この後も波瀾万丈な物語展開なのが面白い童話ですよね。
楽しく書かせて頂きました。ありがとうございました!
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