その髪に触れたら、君はどんな顔をするのだろう。その頬に触れたら、君は笑ってくれるのだろうか。





 椿は、いつも一人で本を読んでいる。特に友達と群れる様子もなく、いつだって凛と姿勢を正し、その背中には校則どおり綺麗に三つ編みにした長い髪を垂らして。
 とは言え、椿自身がわざと孤立するような真似をしている訳でも、周りからシカトされている訳でもない。声を掛ければ普通に会話はするし、班行動や教室移動もさりげなく上手くこなしている。

 そんな椿に、俺は純粋にすげぇなと感心していた。学校なんて、適当に授業を聞いて、友達と冗談を言い合ったりバカやったりしてれば平穏無事に過ごせるのに、と。

 椿は、昼休みに弁当を食べながらでさえ常に本を読んでいる。
 伏せた睫毛が、窓からの陽射しを受けて白い頬に影を落とす。柔らかそうな、淡い栗色の長い髪。その髪に触ってみたい、なんて誰かに言おうもんならヘンタイ扱いされそうで言えないけど、俺はずっと、そう思っていた。

 しかし。

 そのチャンスは、終業式が済んで誰もいなくなった教室で不意に訪れた。

 俺は、冬休みの宿題として出された問題集を机の中に置き忘れるというベタなミスに、下校途中で気付いて引き返してきたのだ。
 真冬のくせにこんな暖かな日を小春日和というらしい(今朝の天気予報で言っていた)。つい微睡みたくなるような陽射しを受けながら廊下を歩き、静まり返った教室に入った途端、俺はドキッと心臓を跳ね上がらせた。何故か。…それは、椿が教室のすみっこの席に座って本を読んでいたからだ。


「あの、椿?」

 おずおずと声をかけると、椿は本から顔を上げとてつもなく驚いた表情で俺を見つめた。

「か…甲斐君?」
「ども。いやー、忘れ物しちゃってさ。ほらアレ、冬休みの宿題。別にマジメに全部やるつもりじゃないけど、白紙で提出って訳にもいかないじゃん、なあ?」

 俺はあからさまにぎこちない声で言葉を連ねた。だって、4月に初めて同じクラスになってから半年以上経つのに、こんな風に二人きりで話すなんてコレが初めてなのだ。

「…そうなんだ」

 俺の言葉に、椿はふっと口許を綻ばせた。初めて、俺に向けられる笑顔。嬉しくなった俺は、気を取り直して椿の読んでいた本を指した。

「椿っていっつも本読んでるよな。今は何読んでんの? なんか難しい本?」

 質問を並べながら、椿の前の席に腰を下ろす。もっと話したかったから、というのは言うまでもない。



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