朝の光が柔らかにカーテンの隙間から射し込み、奈々は眩しさにうっすらと瞼を押し上げた。壁掛けの時計を見ると、時刻は8時過ぎ。
 今日は仕事は休みだし、もう少しだけ暖かい布団にくるまっていよう…。そう思いながらのろのろと寝返りを打った奈々の枕元で、不意に携帯電話の着信音が鳴り響いた。びくりと肩を震わせつつ、ろくに画面も見ずに慌てて通話ボタンを押すと――、


『おはよう、奈々くん』

 この声は…!

 寝惚けていたはずの頭が一気に醒め、奈々は思わず起き上がってベッドの上で正座しながら返答した。

「お、おはようございますタタルさん」
『もしかしてまだ寝ていたのかな? そういえば岡山旅行の時も、君と沙織くんは意外と朝寝坊だったね』
「ちょ…っ、いえ、あの、それはいいんですけれど…。こんな時間にタタルさんからお電話だなんて、何か急なご用でしょうか?」

 寝癖のついた髪を撫でながら、奈々は、やたらと心拍数が上がるのを抑えようと努めて明るい声で尋ねた。受話器の向こうの崇は、相変わらず何を考えているのか掴めない落ち着いた声で答える。

『君は今日は何か予定があるかい? 時間があれば、一緒に鎌倉に行かないか』
「…鎌倉? 今日…今から…ですか!?」
『勿論、無理にとは言わない。君にも都合があるだろうからね』
「い、行きますっ!」

 勢い込んで叫んだ奈々に、崇は低く笑いながら言う。

『そう言うと思って、実はもう君のマンションの前にいる』
「え…ええっ!?」
『というのは嘘で、俺は今から家を出るところだ。鎌倉駅で直接落ち合おうか。…それとも、』
「それとも?」

 おうむ返しに尋ねた奈々に、ほんの少しだけ言い淀んだように崇が答えた。

『君が迎えに来いと言うならば、それもやぶさかではないんだが』
「!」

 奈々はふうっとひとつ深呼吸すると、「それじゃあタタルさん、お言葉に甘えて迎えに来て頂けませんか?」と、ドキドキする胸を押さえて伝えたのだった。


 何を着よう、髪型はどうしよう、鞄と靴はどれを合わせよう(だって、もしかしたらタタルさんの神社巡りに付き合って長い段葛を登ったり切通しを歩いたりしなくちゃいけないかも知れないし!)などとバタバタ準備をしているうちに、瞬く間に時間は過ぎてしまう。
 のんびり起き出してきて奈々から状況を聞いた沙織が、ニヤニヤしながらそれを見守る。

「で、タタルさんは何の用事でお姉ちゃんを鎌倉に誘った訳?」
「え…。そういえば詳しく聞かなかったわ。きっと神社巡りのお供だろうと思って」
「ちょっとー、そんなのわかんないよ? もしかしてもしかしたら、たまには趣向を変えて普通に小町通り散策したり江ノ電乗ったりって、一般的なデートのお誘いだったのかもしれないじゃん!」
「……」
「……」
「……」
「うん、ごめん。タタルさんに限ってそれはないね」
「…そうよね…」
「ああっ、お姉ちゃんそんなに気を落とさないで! 優しい妹は常に姉の健闘を祈ってるぞっ!」

 沙織の言葉に切なくなりながら奈々が頷いたちょうどその時、崇の来訪を告げるインターホンが鳴ったのだった。




 電車に揺られて鎌倉駅まで出ると、二人はひとまず鶴岡八幡宮に参拝した。それから前回はスルーしてしまった荏柄天神社や大塔宮にも足を運び、その後は観光客で賑わう小町通りを冷やかしがてら散策したり瀟洒なイタリアンレストランでお昼を食べたり(約1名は飲むばかりだったが)と、崇と奈々にしては珍しくまるでごく普通のデートのような時間を過ごした(無論、普通のカップルとは違い古刹を歩く際のBGMは崇の歴史講釈だったのだが)。


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -