『河童伝説』文庫269ページ最終行以降の妄想という事で。どうぞ〜!





 もはや恒例と化した旅先の酒席で、崇の淀みない河童の物語(物騙り、と表した方が正しいかもしれない)を聞いていた奈々たちだったが、美酒に酔った沙織は舟を漕ぎ始めてしまい、小松崎は携帯電話が鳴ったため部屋を出ていってしまった。

 崇と二人残された奈々は、喋るのをやめて肴の佃煮に箸を伸ばす崇をじっと見つめていた。こんなふうに黙っている時間が、奈々は嫌いではない。崇の箸づかいは綺麗だし、喉に滑らせるようにグラスを傾ける仕草にも無駄がなく見ていて気持ち良い。髪がボサボサなのは、風呂上がりにも関わらずいつもと同じなのだけれど。

「奈々くん」
「…あっ、はい、何でしょう」
「俺の顔に何かついているのかな」

 じっと見つめ過ぎたらしい。奈々は頬を赤らめつつ「いえ、そういう訳では…」と曖昧に笑って誤魔化した。相変わらず無表情の崇に笑いかけながら、ふと思い付いて、奈々が口を開く。

「あの、タタルさんが遠野まで会いに行った海妖坊さんって…タタルさんの大事な方、なんですよね」
「そうだな。あの人に学生時代に知り合った事で、考え方や見方に影響があった…ような気はする」
「歴史や民俗学にお詳しい方なんですか? タタルさんよりも?」
「君は何か勘違いしているな。俺が知っている事なんて、長きに亘る歴史の流れのほんの一雫に過ぎないんだよ。俺より詳しい人間なんて本職にしている人も含め幾らだっている。海妖坊だってきっとそうだろう」
「でも…タタルさんの人生に影響を与えられるような、そんな方なら私もお会いしてみたいです。…なんて、図々しいですね私」

 ごめんなさい、と言ってパッと視線を逸らすと、奈々はグラスに残った冷酒を一息に喉に流し込んだ。

「君だって十分、俺の人生に影響を与えているような気はするけれどね」

 崇は言って、俯きがちに笑った。肩が前髪が、そして伏せた長い睫毛が揺れる。

「そう…でしょうか?」
「おかげで、物凄い確率で殺人事件に遭遇するようになった」
「またタタルさんそんな事言って! それに関しては私の所為じゃないですってば!」

 頬を膨らませながら奈々が手中で弄んでいた空のグラスに、崇が笑いながら日本酒を注ぐ。が、ふと笑うのをやめてじっと奈々を見つめた。

「奈々くん。君がもし俺の人生に影響を及ぼした人物に会ってみたいと言うなら」

 崇は自分の手の中のグラスをゆらゆらと揺らしながら微笑んだ。ゆっくりと顔を上げた奈々と視線が絡まる。

「そうだな、俺の両親にでも会ってみたらどうかな」
「えっ」
「両親がいなければ、俺はまずこの世に生を享けていないだろう? 生まれていなければ当然、君に出会う事もなかった訳だからね」

 冗談なのか本気なのか判別しかねる口調の崇に、奈々が真意を尋ねようとした時。

「いやー、失敬失敬! 旅先だって言ってんのに会社はお構い無しだから無粋だよなぁ。とは言え俺も半分仕事みたいな気分で来ちゃいるんだが」

 などとブツブツ言いながら、電話を終えた小松崎が部屋に戻ってきた。と同時に、うたた寝していた筈の沙織がガバリと跳ね起きて叫んだ。

「もうッ熊崎さん!! 本当に失敬だよ! あとちょっとだったのにーっ!」
「あ? 何だよ沙織ちゃん、何があとちょっとだったんだよ」

 もおおお、といきり立つ沙織に、崇はチラリと視線を送っただけだったが――奈々は驚いて思わず大声で尋ねた。

「沙織あなた起きてたの!?」
「途中で目が醒めただけだよーっだ。嗚呼、お姉ちゃんが桑原家にご挨拶なんて事になったら、私も棚旗の両親もどんなに喜ぶ事か!」
「はあ? 挨拶って…何だタタル、お前ついに奈々ちゃんに…!」

 興奮気味に瞠目しながら崇と奈々を見比べる小松崎を制するように、奈々が言う。

「小松崎さん、あの、誤解です」
「奈々くん、何が誤解なんだ。俺は確かに君に、俺の両親に会ってみないかと話した筈だが」
「だーかーらー! タタル、それってつまり奈々ちゃんにプロポーズしたって事じゃねえのか? お前も唐突だな、さすがの奈々ちゃんもビックリしちまってるだろうが」

 しかし目出度いな、などと笑いながら小松崎がグラスに残った酒を飲み干すと、崇は無表情のまま呟いた。

「…プロポーズ? 誰が? 誰に?」

 小松崎は「あちゃー」と言いながら天を仰ぎ、「ダメだこりゃ」と沙織は呆れ返り、奈々は顔を真っ赤に染めて俯いてしまう。

「さて、明日も早いし今夜はお開きとしますか。…熊崎さん、後でこの偏屈男にガツンと一突きお見舞いしといてやって。それじゃ、おやすみなさーい」

 如何ともしがたい空気を裂くように言うと、沙織は欠伸を噛み殺しながら奈々の袖を引いて部屋を退出してしまったのだった。





「お姉ちゃん、こりゃマジでお姉ちゃんがしっかりしないと道のりが険しすぎるよ…」

 ふたつ並んだ布団に横になると、沙織がため息混じりに呟いた。電気を消した柔らかな闇で、奈々はふふっとちいさく笑みを零す。

「そうね。でも、それが私の好きなタタルさんだもの」
「おっ、遂に認めたか。本人にもそれくらい素直に言っちゃえば…って、それが通じないのが桑原崇という男なんだよなぁ。おおお、くわばらくわばら」

 殆ど頓珍漢な沙織の言葉には答えず、奈々は「おやすみなさい」とだけ言って瞼を落とした。



 …ちょうどその頃、男部屋では小松崎が沙織の希望通り崇の頭に一撃喰らわしていたという。

-END-

 すみません、支離滅裂です。タイトルすらも適当です。何よりタタルさんが両親に云々なんて言う訳ない!(笑)この四人組の頓珍漢なやり取りが書きたかっただけです(笑)。
でもホントのとこ言うと、翌日辺り二人きりになったところで「奈々くん、俺が昨夜言った事を覚えているか? 俺は存外本気なんだけれどね(ニヤリ)」とか言って欲しーい!!
…いつもこんなに妄想させてくれてありがとう、タタルさん。私の元気の源です(笑)。



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