椿の花が、ぽとりと地に落ちた。
僕はその有様を眺めながら、いつか彼女が言っていた事を思い出す。
――山茶花は花びらがはらはら舞うように散ってゆくの。だけど、椿は花ごと一息に落ちてしまうのよ。
彼女の奏でる声は、いつだって凪いだ湖面のように静かで優しかった。
こんなに近くに想い出せるのに。
こんなにも鮮やかに憶えているのに。
僕は空を仰いだ。
小春日和の美しく晴れ渡った空は、何処までも高く遠く澄んで僕を、世界を見下ろしている。
「もう、何度目の冬かな」
僕の掠れた呟きは、冬の冷たい空気に溶けて、消えていった。
――私、死ぬなら冬がいいわ。それもね、うんと晴れて穏やかな午後が。
何故、と問うた僕に、あの時の彼女は「秘密」とだけ笑って答えたけれど。
視線を戻した僕の眼前で、また、椿の花が音も無く落ちていった。
「そうか、君は」
…君は冬を彩る椿の花になったのか。
そう誰に告げるともなく呟いて、僕は深紅の花房をひとつ手のひらにのせた。
「君はずっと此処に居たのか…」
そしてそれを慈しむように掌で包み込み、彼女に語りかけるように囁いた。
「ああ、これで」
季節が巡り、晴れた冬空の下で椿の花が咲き誇るたびに僕は。
title:Shkspr
彼女を捕まえる事が抱きしめる事が、そして唇を重ねる事が出来るのだということに気が付いた。
-END-