ふっと瞼を持ち上げると、真っ白な天井と古びた蛍光灯が視界に横たわった。
 一瞬、此処は何処だったっけと焦ったけれど、きっちり二度まばたきした後、ああ保健室に運ばれたんだったとあたしは教室での一部始終を思い出していた。

 糊が効いてパリッとした保健室のシーツはほんの少し居心地が悪い。なんとなく起き上がる気になれなくて、あたしはうだうだと寝返りを打った。



「おはよ、委員長」

 にっこり、なんて音が聞こえそうなくらいくっきりとした笑顔が、鼻先を掠めそうなくらい近くにあって、あたしは思わず「うわあ」と奇声を発して硬直してしまう。

「よく寝てたな」
「なっ、ななな何よ相澤何でアンタがこんなトコに! 保健の先生は何処行ったのよ!?」
「ん? 保健の先生なら『本日出張』ってドアに貼り紙してあったけど。…いや、さっき教室行ったら委員長がHRの真っ最中にぶっ倒れて保健室に連行されたって聞いたからさ、すぐさま駆けつけてみましたー」

 そう。あたしは現クラスの前委員長で、さっきまでHRで新学期の学級委員決めを粛々と取り仕切っていたのだ。
 だらだらと、話し合いとも呼べないような話し合いをした結果、あたしは委員長を続投する事になってしまい、相変わらずまとまりのないこのクラスで苛立ちながら他の委員決めをしている最中、貧血を起こして倒れてしまった…というのが事の顛末だ。

 確かにその時、相澤は教室には居なかった。そもそも相澤という男は、元より教室には寄り付かない、その割に成績は上の中、なおかつクラスメイトからの評判も教師受けも概ね良好、という奇人なのだ。

 あたしとは住む世界が違う、危険人物、のはずなのに。

 相澤は、硬直して動けずにいるあたしの髪を撫でながら呆れたように笑って言う。

「委員長、まーた委員長になっちゃったんだって?」
「…しょうがないでしょ、誰もやりたがらないんだから」
「バカだなあ、アイツら委員長に甘えてんだよ。委員長に任せりゃ万事安泰つって。あーあ、そのHR、俺もちゃんと出てれば良かった」
「はあ? 相澤が居たって何も変わらないわよ」

 あたしはやっとの事で身じろぎすると、ぎこちなく寝返りを打ち直して相澤から離れた。

「ところで委員長、副委員長は誰がなったの」

 変わらずあたしの髪をいじりながら相澤が尋ねる。その指が伸びて、もぐもぐと新副委員長の名前を答えたあたしの耳たぶを、それから首筋を、頤をついっと辿ってゆく。
 ぞわ、と震えたのは、あたしの身体? それとも心?

「…なあ、三浦あかり」

 相澤が、あたしを呼んだ。

「な、に」
「もう具合悪くない?」
「え? うん、たっぷり寝たから多分もう平気…だけど」
「じゃあ教室戻ろっか」
「え」

 まだシーツにくるまってたいんですけど…、と現実逃避気味に戸惑うあたしの肩を掴んで向き直らせると、相澤はあたしの目の前でまたしてもにっこり微笑んだ。

「副委員長、俺がやる。…委員長の女房役は俺限定だよってみんなに宣言しなくちゃ、ね?」

 目を見開くあたしの前髪をかき上げると、相澤はちゅっと音を立てて、あたしの額にその唇を重ねた。

「っ、うわああああ!」
「あらま、奇声上げるくらい歓んでもらえるなんて嬉しいねー。何度でもしてあげたくなっちゃうじゃん。次はほっぺ? 口がいい?」
「ば…っ、バカ違うわよ痴漢変態!」

 はいはい、と言いながら起き上がった相澤が、保健室の隅ではぜる達磨ストーブみたいにあったかく笑うから。

「ホラ行くぞ、あかり。次に貧血起こした時は遠慮なく副委員長の俺に倒れかかっていいかんな」
「そんな事する訳ないでしょ!」



(秘密のが舞い降りた)


 あたしは泣きたいような笑いたいようなくすぐったい気持ちのまま、相澤の差し出した手に自分の手をそっと重ねたのだった。

-END-

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