星屑掃除係のリュイは、お月様を眺めて溜め息をつきました。

「どうしたのですか、リュイ」

 お月様は、優しい声でリュイに尋ねます。

「あのねお月様。僕、もう百年も星屑掃除をやっているんだよ。だのに星達はちっとも綺麗にならないの」






 髪と同じ栗色の睫毛を伏せて、リュイは自分の指先を見つめました。
 この小さな手で、くすんでしまった星を丁寧に磨くのがリュイの仕事です。柔らかな布で丁寧に、汚れが酷いものには雨夜に集めておいた雨の雫を使って磨く事もありました。また、それ以外にも、ひび割れた星を縫い合わせたり、動けなくなってしまった星を砕いて夜空に撒いてやったり…リュイの仕事は星屑掃除以外にも様々です。

「ああリュイ、それでそんなに悲しそうなのですね」

 リュイの栗色の髪を、お月様はふわりと撫でました。くすぐったそうに笑うリュイでしたが、すぐ物憂げな表情に戻って溜め息をつくのでした。

「それに、この塔がこんなに明るいと、僕の磨いた星達が夜空に映えなくなってしまうよ」

 リュイの棲処は世界でもっとも美しい塔のてっぺんです。リュイは生まれた時からこの塔の上で暮らしていて、其処から夜空を見渡したりお月様と話をするのが何より好きなのでした。
 ですが、この塔は、いつの時代からか冬のあいだだけあちこちに電飾を巻き付けられて、眩しく輝くようになってしまったのです。リュイにはそれが不満でした。

「でもリュイ、こちらへ来て見遥かしてご覧なさい。これはこれで、とても素晴らしい眺めですよ」

 お月様に手を引かれて、仕方なくリュイは天幕の上へと跳ね上がりました。びろうどの滑らかさで、濃紺の天幕はリュイの頬や耳朶をくすぐります。

「さあリュイ、目を開けて」

 言われるがまま、リュイは瞼を押し上げました。お月様の腕に抱かれて見下ろす世界は、悲しいほど小さく醜く、…それでいて素晴らしく美しいものだったのです。

「この夜空の下、ああして沢山の者達が喜びに笑い悲しみに泣き…遠い夢を語り、すぐ先の未来を思い描いたりしているのですよ。
 時には私やあの美しく煌めく塔、それにリュイの磨いた星達に想いを馳せ、願いを懸ける者も居るかも知れません。私達は、そうした者達の道標になっているのです。
 …そう思えば、この世界もなかなかに捨てたものではないでしょう? ねえ、私の可愛いリュイ」

 何故だか胸が千切れそうに高鳴るリュイに、お月様が囁きます。

「それにリュイ、春になってこの塔が明かりを落としたら」

 リュイはまんまるな瞳をお月様にそっと向けました(でないと卵を銀に溶かしたようなお月様の光が眩しすぎたのです!)。

「皆はまた、リュイの磨いた星達を幸福な気持ちで見上げる事でしょう」
「そうかしら」
「ええ、きっと」

 ですから春を待つ者達のためにも、リュイはリュイの仕事に励みなさい、と、お月様は付け足しました。

 リュイはえくぼを浮かべて微笑むと、ポケットに入れた布を取り出して、くすんだ星屑の元へ濃紺の夜空を駆けてゆきました。

 ある夜の、お月様と星達以外は誰も知らない、小さな小さな物語です。


special thanks!/M.I


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