僕は脚の長い椅子に腰かけたまま、膝にのっかっている相棒の背中をゆっくり撫でながら深呼吸した。鼻孔から入り込むのは、柔らかな獣の匂いだ。僕は相棒の名前を呼んだ。

「ねえ、ライラックティア・パーモンブル?」

 相棒は、返事の代わりに僕の頬をぺろりと舐めた。ざらついた舌の感触がくすぐったくて、僕は思わず笑いながら身を捩る。

「ちょ、もう、ライラックティア・パーモンブルってば」

 そうして僕は相棒を抱きしめたまま、窓の向こうの手の届かない空を仰いだ。紅や黄色に色付きはじめた葉がカサカサと乾いた音を立てて風に揺れる。

「だいぶ陽射しが和らいできたね。もう秋だよ。君がこんな姿になって何度目の秋だろう?」

 相変わらず返事はない。僕は手持ち無沙汰に、相棒の暖かな背を撫で続けた。


 僕のひいばあさんは魔法使いだ。いわゆる魔女、というやつだ。
 人魚姫から鱗を剥ぐ代わりに人の足を与えたり、白雪姫に毒林檎を食べさせたり、灰かぶり姫にガラスの靴を履かせてやったり、昔語りで繰り広げられた胡散臭い出来事のほとんどは、僕のひいばあさんの仕業らしい。
 そして、僕は、そのひいばあさんの血を、一族じゅうの誰より濃く受け継いでしまっている、らしい。

 そんな僕の幼すぎる好奇心の生け贄となってしまったのが、そう、ライラックティア・パーモンブルという少年、僕の相棒だ。
 僕はライラックティア・パーモンブルが大好きだった(勿論、普段はそんな事公言したりしなかったけれど!)。几帳面で器用なライラックティア・パーモンブルと、呑気で不器用な僕は、何をするにも何処へ行くにも一緒の相棒だったのだ。

 ああ神様、僕があの日「ライラックティア・パーモンブルみたいに青い瞳をした狼を飼ってみたい」なんて願わなければ、こんな事にはならなかったのに! あの日に遡れるなら、僕は何だってあなたに差し出すのに!

 事態を知ったひいばあさんは「魔法を解く方法を教えてくれ」と跪いて懇願する僕に、焦るでも慌てるでもなく一瞥をくれてこう言った。
『その馬鹿げた魔法が解けるのは、その狼がお前を憎んで憎んで憎み切った挙句、お前の心臓を食い破ったその瞬間しかないよ』『ああ可愛い曾孫や、だけどこの狼は、自分のためにお前の心臓を食い破ろうなんてこれっぽっちも考えてやしないみたいだけどね』…と。


「ライラックティア・パーモンブル、お腹が空かないかい? お茶にしよう」

 もう何万回と脳裏で繰り返してきた回想を終え、僕は相棒にお茶をすすめてみる。が、ご自由に、とでも言いたげに相棒が僕の膝で寝息を立てはじめたので、僕は円卓の上のビスケットにメイプルシロップを溺れるほど浴びせて頬張った。
 とろりと甘いシロップに、さくさくと零れ落ちそうなビスケットの歯ごたえが堪らない。僕は口端にくっついたシロップを指で掬って舐めながら、ちらりと相棒を見やった。やはり、瞼を重たげに閉じて眠ったままだ。

「こんな食べ方、昔の君なら即座に『行儀が悪い!』ってお説教だったろうね。…ごめんよ」

 僕は琺瑯引きのカップに入ったミルクティを飲み干すと、相棒を抱き上げて濡れた鼻先にキスをした。


 ねえ、ライラックティア・パーモンブル。君が望むなら僕の心臓をあげる。
 あの日から、僕は君に心臓を食い破って貰う瞬間を待ちわびているんだよ。そうしたら君は元の通り、美しく青い瞳をした少年に戻れるのだから。
 その時が来るまで、僕は君の側から決して離れない。君の滑らかな背中を撫で、柔らかな獣の匂いを嗅ぎ、まあるく満ちた月夜には、君の高く哀しい遠吠えに誰より近くで耳を傾けるから。

 だから、どうか。一日もはやく。



-END-

1、2、3。様に提出
 ┗心臓/ライラックティア・パーモンブル/おおかみさん
▼special thanks! よんいち



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