郵便受けを覗くと、待ち焦がれたあの人からの手紙が届いていた。
世界じゅうが薔薇色に染まるような幸福を噛みしめながら開封する。いつもどおりの短い手紙ではなく、柔らかな布でくるまれた胡桃大の何かが転がり出てきた。
青をあわくぼかしたような色合いの鉱石だった。晴れた空を涙目で見上げたときのような、それでいて凛と屹立しているような鉱石。
鉱石をくるんでいた布に、掠れたインクで文字が綴られている。
『船乗りは、船旅の無事を祈ってこの鉱石をお守りにするんだ。俺の親父も爺様も立派な船乗りだったけど、どんな嵐に巻き込まれても、どんな死にそうな目にあっても、必ず生きて帰ってこられたのは、肌身離さず着けていたこのお守りのおかげだそうだ。』
この淡青色をした鉱石は、海に融けた人魚姫の涙でできているのかしら、と考える。泡になった人魚姫が、それでも恋した王子様を忘れられず、海を旅するものを守ってくれるのかしら、と。
『海は果てしなく広い。深く青い、生命のはじまりの場所だ。君に、聖なる海の神のご加護があらんことを。――いつも君を想う。』
手紙を読んでいるだけで、あの人の声が、まるですぐそばで囁いてくれているかのように甦る。寝物語に、その低く甘やかな声は、私への愛だけではなく偉大なる海への憧憬をよどみなく語ったものだった。
海。青く、どこまでも深くどこまでも広い水の砂漠。海、とは、砂に覆われたこの街で育った私にとって、物語のなかにだけ存在する未知の世界。
生命の、はじまり。あの人の記した文字を眺めながら、私はそっとお腹を撫でた。
あの人との、ちいさなちいさな愛の息吹が眠る私のお腹。陸(おか)で束の間の戯れに私を愛したかと思うと、再び海に惹き寄せられてこの街を飛び出していったあの人。今どこにいるのだろう。あの黒く澄んだ瞳で何を見ているのだろう。映るのは、青い青い、水の砂漠だろうか…。
ぽつり、ぽつりと涙が零れ落ちる。泣いてはいけない。あの人と過ごした、骨まで溶けるように愛し合った最後の夜を、忘れてはいけない。なのに涙は止まらない。私の瞳こそ、果てしなく水を湛える、青く深い海になってしまったのかもしれない。
ああ、私はきっと、あの人を海より深く愛してしまったのだ。海を閉じ込めたようなちいさな鉱石をぎゅっと握りしめ、私は瞼を下ろした。
洋燈(ランプ)に翳すとキラキラきらめくこの鉱石があたしはすごく気に入っている。
アクアマリンという名前のこの鉱石は、一昨年死んじゃったママの唯一の形見だ。船乗りだったパパは、ママもあたしも知らない遠くの海で、嵐に巻き込まれて難破してしまったらしい。どっちにしても、あたしはパパの顔なんて知らなかったし思い出だって何もないけれど。
――でも思う。
ママみたいに、一途に、傍目には気がふれたみたいにさえ見えるほど誰かひとりを愛せるなんて、もしかしたら素晴らしく幸福なことなんじゃないかって。
あたしもそうでありたい、と、さっき溺れるほどに激しく抱き合ったばかりの恋人の寝顔を見つめながら、あたしは密かに願ったのだった。
-END-
▼蜜月様へ提出
┗幸福をもたらすアクアマリン