はじめに/福士
「ミチル、今日部長会だからな!」 「うわ、まじかよ。忘れてた。」
昼休みもあと五分で終わる頃、担任で顧問の山之内にそう告げられて福士は顔をしかめる。 三年に上がって初めての部長会、何をやるかなんてわからず、でもとりあえずいってみるかと放課後部活を抜けて第三会議室へ入る。 ポツポツと人が入ってくるのをなんとなく窓際の席から見渡していると、視界に女子テニス部のユニフォームが入った。
「あ、福士」 「あれ、お前だっけか部長」 「そうだよ、宜しくね」
二年の時に同じクラスだった名字名前が小さく愛想笑いするのをどうでもよさそうに見ると、暫くして始まった部長会を仕方無く聞くことにした。 部長会の会長は剣道部の主将なのか、とまたどうでもよさそうに見ていると、ふと隣から視線を感じてそちらに顔を向ける。
「んだよ」 「福士って彼女居たっけ」
突然のストレートな質問に目を丸くする。 なんてことない暇つぶしの世間話なんだろうとはどこかでわかりつつも、何かを期待してしまう自分を感じた。
(こいつ俺が前好きだったこと知らねーのかよ)
前のクラスでは一番中が良かった女子だった。向こうはどう思ってるかは置いといて、福士は少なからず好意を感じていた時期があったのだ。 目を丸くしたままフリーズした福士に苦笑いを浮かべて、答えを聞く間もなく女子テニス部の予算案を聞かれ顧問から聞いた数字を気怠そうに答えまた座った。福士も次いで立ち上がり同じくプリントを読み上げ腰を下ろす。 その間、福士は色々と答えを探していたけれど、結局返事をするタイミングが掴めずそのまま部長会は解散になった。
「福士!」 「…名字」 「あのさ、」
部活もきっと終わりに向かっているだろう。曇り空でやる気の出ない身体を仕方無くテニスコートへ向かわせると、後ろからまた名前を呼ばれる。 小走りで近づいてきた彼女に立ち止まり振り返ると、少し言いづらそうにまた苦笑いをした。
「さっきの質問、出来れば答えて欲しかったんだけど」 「さっきの?」 「だから、彼女いるか…っての」 「あー」
またそれを持ち出すのかと誤魔化すように頬を掻く。ドラマの真似をして視線も逸らしてみたが、きっとあの俳優のようにはなっていない。 福士の中では、答えないという答えに辿り着いたのに、改めて聞かれては逃げられない。
「…いない、けど」 「本当?好きな人は?」 「…なんだよ、別にいいだろ」
気恥ずかしくてつんとした表情を浮かべて目を逸らす。視界の端に見えた彼女の頬が少しだけ赤くなっていた気がして、またいらぬ期待をしてしまった。
(これは…フラグか?)
途端に女性として見てしまうのをなんとかしたい。しかし、福士は無意識に彼女の顔や首筋、胸から足にかけてをバレないようにチェックし始めた。 運動をしているから中々、良い身体付きだ。
「よくないから聞いてるの!」 「…いねーよ」 「そうなんだ、…ありがとね!」 「…は?」
答えを漸く聞くと、何度か小さく頷いてパッと笑顔を浮かべた。 自分のシナリオじゃ、それならばと告白が来るものなのだがと思わずキョトンとする。 考えるより先に、それじゃあ、と帰ろうとする名字の腕を無意識に掴んでいた。
「なに?」 「前、俺、お前のこと好きだった」 「…うそ」 「マジ」
言わなくてもいいことだろうともう片方の自分が溜め息を吐いた気がしたが、そんなのもう見て見ぬ振りだ。 掴んだ腕が少し硬くなったのを感じて、更に俯いてしまう。
(って、何言ってんだ俺)
「ありがとう、…気付いてたかわかんないけどさ、私も福士のこと気になってた」 「…っ!」
弾かれるように顔を上げると、そこにはまた困ったように苦笑いをする名字がいて、言葉に詰まる。
「友達に頼まれて、聞いたんだけどね。‥でも悪いな、友達大切だしライバルとか嫌なんだけど」 「お前がよければ、俺…」 「ごめん、ありがとう。…友達には適当に言う。それで、私ね、」
いつの間にか腕を掴んでいる手は外されてた。 最終チャイムが校内に鳴ると、名字はくしゃりと小さく笑った。
「次の大会で勝ったら、福士にコクる」 「は?」
「今はテニスだからさ、三年最後だし」 「…わ、わかった」
「それまで、絶対彼女作らないでね」
そう言われまた笑顔を見せられると、福士は顔を赤くして何度も頷いた。 名字はそんな福士を見ておかしそうにクスクスと笑い、そしてほんの一瞬だけ、頬に口付ける。
「こんなことで一々ビビられちゃかっこわるいよ!」
そう憎まれ口を叩き、今度こそじゃあね、と彼女は軽い足取りで教室へと帰るのを、ただ福士はボーっと見送るしか出来ずにいた。
福士が彼女にキスを送れたのは、1年後のこと。
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