たそかれ時、君に微笑む。



※隼旬
(ハロウィンパロもどき)




 へとへとになりながら、隼人が学校から家への道を辿っていると、ちょうど見慣れた背中が目に入った。隼人は疲れ切った体に鞭を打ち、その人物の元へと駆け寄った。
「ジュン! ジュンも今帰りなのか?」
 隼人が後ろから声を掛けると、隼人の声に気付いた旬が振り返って足を止めた。隼人は上がる息を抑えながら、旬の元へ向かうと、早くなった呼吸を落ち着かせた。
「えぇ。ハヤトも今帰りなんですね。それにしては、今日は随分ゆっくりなんですね」
「う、うん、まぁね。宿題忘れちゃって残ってやらされてたんだ」
 旬は困ったように眉を下げた。
「また遅くまで収穫祭の準備でもしていたんですか?」
 収穫祭の日は、魔よけの意味も兼ねて、誰もが人間以外のものに扮する。最近では行為ではなく、その行為自体を楽しんでいる節すらある。
「実はそうなんだ。収穫祭の日は、女の子とも会えるチャンスだし、この日くらいは気合入れたいなと思って」
「またそれですか……」
 旬の表情が一気に苦いものへと変わる。旬は隼人と違って異性への興味はそこまでないようだ。
「またってなんだよ、大事なことだろ! 俺達の青春はちょっとしかないんだぞ!」
「はぁ、そうですか……」
 熱弁する隼人をよそに、旬は冷めた目をした。
「そういうジュンは、いつものあの格好でいくのか? たまには衣装変えてもいいんじゃないか?」
「いえ、僕はあれが性に合っているので」
「確かに、ジュンにすごく似合ってるよな。貴族の息子みたいな感じですごくいいと思う。俺も今年はジュンにならって吸血鬼みたいな恰好にすれば良かったかな」
「来年にすればいいんじゃないですか」
 そこで、旬は足を止めた。つられて、隼人も足を止める。二人の前方に、村の大人達が深刻な表情で顔を突き合わせていた。
「あの、何かあったんですか?」
 さっと後ろに退いた旬を特に気にすることもなく、隼人は大人達に事情を聞いた。
「あぁ、鶏がやられたんだよ。ほら、ひどい有り様だろ」
 男の足元に、羽を辺りにまき散らし、腹から血を流した鶏の死骸がいくつも散らばっている。まるで、野犬に襲われたような光景だ。
「うわっ!」
 凄惨な死体に耐え切れず、隼人は思わず旬の後ろへと飛びのいた。旬はそんな隼人の反応に苦笑すると、じっと鶏の死骸に目を凝らした。
「これって、誰かの悪ふざけ……とかではないんですよね」
「今ちょうど話してた所なんだよ。ほら、もうすぐ収穫祭が近いだろ? だから、あっちとの境界線が弱くなったせいなんじゃないかって話してたんだ」
 収穫祭という言葉に、旬は顔をしかめた。隼人は旬の後ろから顔を出すと、鶏の死骸を必死に視界に入れないようにして、大人たちに声を掛けた。
「え、でも、収穫祭はあっちのものが入らないようにするものなんだろ? なのに、どうして被害が出るんだよ」
 隼人の言葉に、大人たちが顔を見合わせる。
「えっ、俺変なこと言ったか?」
 おろおろと旬に助け舟を求める隼人に、旬は頭を抱えてため息を漏らした。
「もうすぐ成人するって言うのに、そんな調子でどうするんですか。収穫祭は確かに魔を遠ざけるためのお祭りです。魔との境界が緩くなるこの時期に行われますが、前年度の儀式がうまくいかないと、こうやって緩んだ隙間から魔が出てきて悪さをするんですよ」
「そうそう、そういうことだ。女の子のこともいいけど、ちゃんと勉強してくれよ」
「分かってるよ」
 頬を膨らませる隼人に、大人たちはこぞって笑い声をあげた。
「まぁ、そうと決まったわけでもないし、今年の収穫祭はきちんとやらないとな。期待してるぞ、若者!」
「うん、任せてよ。な、ジュン!」
「えぇ、そうですね」
 場の空気が和やかになった所で、前方からひどく青ざめた様子で男性が駆けてきた。
「大変だ! 大変だ!」
「どうしたんだ、そんなに慌てて」
「ついに出ちまったんだよ……あれが」
 あれが、という言葉に大人達は顔を見合わせると、すぐに真面目な顔に戻った。隼人達も気になり、耳を傾けようとしたが、男の言葉を聞いた人は静かに首を振るだけだった。隼人と旬は何が起きているかわからず、顔を見合わせた。説明を求めようと、大人たちの方を見上げるが、誰もがこわばった表情のまま、憮然としており、説明してくれる気配はない。
「……そうか、分かった。すぐ行く」
 すぐに駆け出して、村の外れに向かって走って行ってしまった。それに続くように周りにいた男たちも我先にと別々の方向へと向かって行った。
「あの、あれって、なんなんですか」
 一人を捕まえて事情を尋ねると、
「……あー、そうだな。まぁ、いずれ分かることだしな」
 男は話しづらそうに頭をかくと、小さな声で「……人だよ」と呟いた。
「えっ!」
 大きな声をあげる隼人に、旬は慌てて口を塞いだ。旬は静かにと隼人の前で指を立てると、隼人は旬の言葉に頷いて静かにこくこくと頷いた。
「つまり、人が死んだってことですか?」
「……あぁ。年々結界の緩みが加速しているって話だったんだが、ついに出ちまったか……」
 その言葉に旬はじっと押し黙った。隼人も大人たちが消えた方向に目を向けた。
「こんなことが起きたんだ。二人とも早く帰りな。家に帰ったらきちんと戸締りをするんだぞ。何があるか分からないからな」
「う、うん。行こう、ジュン」
「……はい」
 男と別れて、二人は通いなれた道を歩いていった。日が短くなってきたこともあり、辺りには夕陽が垂れこめているが、いつもならば綺麗だと思える光景も今日に限っては、どこか複雑な気持ちだった。
 帰り道を歩く二人の間にも、会話はなく、ただ静かな時間が流れていく。
 時折流れる生活音や水車を回す音や小麦を挽く音が、いつも通りの日常が起きていることを知らせるが、二人にとってはどこか浮世離れした感覚だった。
「……結界が緩む、か」
「今年の収穫祭はどうなるんでしょうね」
「んー、でも、やらないってことはないんじゃないか。やらなかったらさらに結界が緩んじゃうし」
「そう、ですよね」
 歯切れの悪い旬に、隼人は旬の顔色が先ほどから青くなっていることに気がついた。すっかり旬を盾にしてしまっていたことを思い出した。
「ごめん、ショック……だったよな?」
「いいえ、そういうわけじゃなくて……」
 旬の体がぐらりと揺れた。
「ジ、ジュンっ……!」
 体を支えようとする隼人の手を、旬は振り払った。
「あ……」
 行き場を失った手が、宙に浮かぶ。旬は呆然とした様子でそれを見ていたが、しかしすぐに顔色を戻した。
「すみません、僕のことは放っておいてください」
「放ってなんかおけないよ。俺達、友達だろ? 今までだってずっと一緒に……」
 そこで、ふと隼人は自身の言葉に違和感を覚えた。その先の言葉の辿り着く先を、隼人は見つけることができなかった。
「たそかれ時……」
 小さな声音だったが、確かにその一言は隼人の耳に確かな色を持って響いた。
「え?」
 隼人は旬の言葉の意図が理解できず、旬の方へ視線を向けた。
「たそかれ時というのは、今のような夕方の時間帯を言うんですよ。辺りが暗くなって、隣にいる人の顔が分からなくなってしまう。あなたは誰ですか? そういう意味でたそがれ時と言うんだそうです」
「へぇ、ジュンは本当になんでも知ってるよな」
 隼人が感心した声をあげると、旬はいつもの少し難しい顔とも違う、まるで能面のようにひどく冷静な顔で隼人を見つめた。
「ねぇ、ハヤト。僕達が初めて会った日のこと覚えてますか?」
 旬は隼人の疑問に答える代わりに、新たに疑問を投げかけた。少しの違和感を覚えながらも、隼人は記憶の糸を辿る。旬と初めて会った日、あの日も収穫祭の日だった。
「どうしたんだよ急に。もちろん、忘れるわけないだろ」
 そうだ、あの日、収穫祭で出会って、それから俺達は仲良くなったんだ。隼人はうんうんと、誰に言われるでもなく、自身の考えに頭を揺らす。
「あの日、ハヤトが僕を見つけてくれた日から、全部始まってたんです……」
 妙な言い回しだ。始まってたなんて、まるで旬には隼人には見えないものが見えているような。
「急にどうしたんだよ? もしかして、隠してただけで、さっきのがそんなにショックだったのか?」
 隼人は特段気にすることもなく、くすくすと笑ってみせたが、旬は静かに首を振った。
「……」
 旬が何かを呟いた。しかし、ひときわ強い風が吹いて、隼人には聞き取ることが出来なかった。
「ジュン……?」
 旬がゆっくりと隼人を見返した。
 赤い、赤い瞳が、隼人を見つめる――。
「っ!!」
 隼人はびくり、と体を震わせた。記憶の片隅から静かに、水がこぼれだす。
 そうだ、あの瞳だ。あの日、旬と初めて会った日に、見た……。
 赤い、血の色のような瞳。
 見間違いなんかじゃない。
 隼人が目を反らすことも出来ず、まるでその場に凍りついたかのように、じっと旬の顔を見つめていた。
「ハヤト、君に今の僕はどんな風に見えていますか?」
「え……?」
 そこでまるで金縛りが解けたかのように、隼人は自身の体から力が抜けるのを感じた。まるで金縛りが解けたかのように、隼人は意識が回復するのを感じた。
「どんな風に見えてるって……」
 そこで、もう一度隼人は旬の方を見返した。
 そこには赤い瞳はなく、隼人が知る、いつもの旬がそこにいた。いや、正確にはいつもより少しだけ雰囲気が違うような気もしたが、それも含めて隼人の知る旬に違いないと思った。
「ジュンはジュンだよ。俺の友達で、小さい頃から一緒だった。そうだろ?」
 今しがた感じた違和感を払しょくするように、努めて明るく笑って見せれば、旬は一瞬だけひどく悲しそうな顔をした。
「……ありがとうございます」
「どうしたんだよ、さっきから。なんか辛いことでもあったのか?」
「そういうわけじゃ、ないんです」
 旬が小さく肩を震わせた。隼人は誰に言われるとでもなく、旬の肩をそっと抱き寄せた。
 触れた瞬間、まるで氷のような凍てついた感覚が隼人を襲ったが、隼人は気にしないように努めた。遠くで大人達が騒いでいる音が聞こえたが、隼人の耳には何も入らなかった。





 人外パロ本の没案でした。
 あそこから、こうやってじわじわと話を進めていきたいなと思ったんですけど、ページ数はともかく時間が足りなかったので、あんな形になりました。
 隣にいる友達だと思っている人の存在が、光の加減かはたまた夕暮れが見せる幻か、なんだかひどく不安定に見える、そんな怪しい雰囲気が出ていると嬉しいです。
 逢魔ヶ時とも言われるだけあって、夕日と人外の親和性ってすごく高いなと思うんですが、いかんせん別ジャンルの影響もあってか、自分がこういう風に書くと、分かる方にはすごくジャンルの影響を受けてるなっていうのが分かる気がします。
 
 
 2018.7.11
 





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