一場の春夢



※子守ロボット旬と、ショタ隼人(8才くらい)



「ねぇ、ジュン。この間の歌うたってよ」
「またですか?」
 この間という言葉に、メモリに記載された直近の履歴を瞬時に洗い出した。候補は三つあったが、最近の子どものお気に入りは一曲しかない。
「うん、聞きたい。なぁ、だめか?」
 ねだるように上目遣いで見つめる子どもに、仕方ないですねと小言をこぼす。
 子どもはそれを了承と受け取ったのか、いそいそと自分の膝に頭をのせて、寝転がった。
「えへへ」
 枕代わりにもなりはしない、自分の堅い体の何が好ましいのか、子どもは何かあると、すぐ自分の膝の上に頭をのせたり、体に触れてくる。
 いわく、ジュンの体はひんやりしてて気持ちがいい、だそうだ。
「それじゃ、歌いますね」
 子どもの準備ができたのを見計らって、先ほどから用意していた一曲を出力する。なんてことはない、目の前に広がる、この春の景色のように穏やかで彩にあふれた、たわいのない曲だ。

「……ん」
「ハヤト、こんなところで寝ていると風邪を引きますよ」
 力を入れ過ぎないように気をつけて、子どもの肩をそっと揺り動かす。子どもからは、安らかな寝息が聞こえて、まるで起きる気配がない。
「仕方ないですね」
 口癖のように出るそれが、どういった感情から出てくる言葉なのか、自分の記憶野には記載がない。ただ、プログラムされた言葉として、この状況で最も適切だと判断した言葉を紡いでいるだけだ。
 それなのに、この子どもを目の前にしていると、灰色の回路に赤色のものが流れるような気がするから不思議だ。
「……少しだけ重くなりましたかね」
 眠ってしまった子どもを起こさないように、細心の注意を払って抱きかかえる。ずしり、と以前抱えた頃よりもわずかであるが、重みを増している。重さにして、一キロにも満たない微々たるものだが、この時期の子どもにとっては大切な変化だろう。

 縁側から立ち上がり、居間を通り越して、子どもの部屋へと足を向ける。
「あら、隼人ったらまた眠っちゃったの?」
「歌をうたったら、そのまま眠ってしまったようで」
 最近、何度も口にする科白だ。
 しかし、女性は気にした様子もなく、嬉しそうに笑う。エプロンがひらりと、桜の花びらのようにぴらりと舞う。つくづく、この家族は一つ一つの仕草が華やいでいる。
「隼人はジュンの歌が大好きだからね。悪いけど、その子、部屋に運んでいってもらえるかしら?」
 承諾の証として、こくりと静かに頷いた。

 ぎしり、と年月を経てきしみはじめた階段が音を立てる。初めて、自分が来た時にはこんな音を立てなかったはずなのに、三週間ほど前から音を立てるようになった。
「……んー、ジュン」
 寝言をつぶやく子どもをベッドに押し込める。
 そこで、ふと、ベッドの端から子どもの足がわずかにはみだしていることに目がいった。
「新しいベッドを買わないといけないですね」
 あとで伝えなければ、とメモリに情報を記載する。
 穏やかに眠る子どもの姿に、胸の神経回路が常より高い基準値になったことを伝える。

 無性に、幸せだと思った。
 この子どもが成長し、大人になるまで、自分は見守ることはできないけれど、この子どもが成長していく中で一瞬でも共に在ることが嬉しくてたまらなかった。





 一場春夢……人生の栄華が、きわめてはかなく消えてしまうことのたとえ。ひとときだけの短い春の夜に見る夢の意。(『新明解四字熟語辞典』三省堂より)

 オフ本に収録しようとして、流れ的に旬視点は入れない方がいいかなと思ったので、供養がてら。
  

 2018.01.20






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