希望を夢見て 3




 私立希望ヶ峰学園。
 超高校級と呼ばれる特出した才能を持つ人間を集め、そこに入学すれば将来は約束されたも同然とまで言わしめる学園だ。
 ボクの名前は苗木誠。
 全てにおいて平凡で人に自慢出来るような才能なんて持っていないんだけど、ボクは全国の一般的な学生の中からクジで選ばれ、超高校級の幸運としてこの学校に招待された。
 憧れの学園の一員になれるなんて、ボクは少しドキドキしていたんだ。
 ここから何か楽しいことが始まるんじゃないかって。
 ボクは深く息を吸うと、希望ヶ峰学園への第一歩を踏みしめる。


 暗転。


 学園に入ると意識が急に遠退き、目を覚ますといつの間に運ばれたのか、教室の机で眠っていた。
 どうしてこんな場所に居るのかという疑問は、教室の異様な雰囲気の前に呑み込まれてしまった。
 釘や螺子で窓という窓が頑丈に閉じられており、まるで牢獄のようで薄気味悪い。
 黒板に書かれた子どもの落書きも薄気味悪さを助長させている。
 試しに鉄板を外そうと試みたが、一向に外れる気配はない。
 閉じ込められた?
 異様な空間の前で、先程までの胸の昂揚感は一気に消えてしまった。
 そんなことをしているうちに時刻は集合時間を示し、ボクは慌てて体育館へと向かう。
 既に集合していたクラスメイトと簡単に自己紹介を交わす。
 その中で嬉しい再会もあったが、学園長だという奇妙なマスコットが告げる言葉にそんな気分は霧散してしまった。
 コロシアイ学園生活。
 誰かを殺さなければこの学園から出ることは出来ない。
 
  
 ぐるぐる。
 視界がぐるぐると廻る。
 希望、絶望、希望――…。
 



 「目が覚めたかい? 」
 自分を見つめる人物に、苗木は状況を理解することが出来なかった。
 頭に靄がかかっているようで、うまく回らない。
 自分はどうしてここに居るのか、必死に記憶を手繰り寄せるも頭が痛くてかなわない。
 
「記憶の混同が見られるね。大丈夫、直に治るよ。」
 職員が告げる言葉に安心し、苗木はぼーっと周囲を見回す。
 そうだ、自分はコロシアイ学園生活の後、未来機関に引き取られて記憶を取り戻す手助けをしてもらったのだった。
 超高校級の希望。
 彼が愛して止まない希望に、遂になれたのだ。
 でも希望を愛した彼はもういない。
 希望になれたとしても、もうそんな物に意味はないのだ。



 人類史上最大最悪の絶望的事件は、リーダーである江ノ島盾子を倒したことで収束に向かっていたが、依然として状況は芳しくない。
 記憶を取り戻した苗木達はコロシアイ学園生活の生き残りとして、未来機関に迎え入れられた。
 家族も親戚も失くした苗木達にとってそれは有り難い申し出だったが、そこでの仕事は想像を絶する物だった。
 葉隠などはすぐに何かにつけて休んだりしていたが、苗木にとってその忙しさが今は有り難くもあった。
忙しければ他のことに気を回さなくて済む。

 記憶を取り戻してからというもの、身体の疲れと睡眠が浅くなった。
 夢に見るのは、自分を慕ってくれた少女の無残な姿。
 彼女が記憶を失くしても、自分を慕ってくれたことが純粋に嬉しかった。
 思えば、自分はいつも彼女に助けられてばかりで、何も彼女に与えることが出来なかった。
 考えれば考える程、彼女の死が耐え難いものとなり、心に重くのしかかる。
 何度、彼女の姿を夢に見たかしれない。
 学園時代、付き合っていた頃に見せてくれた彼女の笑顔が、次の瞬間、血の気の引いた顔で再生され、いつもそこで夢から覚めた。
 

「酷い顔ね。仕事熱心なのもいいけれど、体調管理も仕事のうちよ」
「…ありがとう。でも、ボクは大丈夫だから」
 彼女なりの気配りに、苗木は弱々しく笑う。
 苗木はコロシアイ学園生活で江ノ島盾子を倒した功績から、未来機関の第14支部支部長という異例の出世を賜った。
 霧切は支部長補佐として、苗木のサポートをしてくれている。
 支部長としての建前上、周りに心配をかけまいと辛い顔はしないように努めていたのだが、霧切には明らかだったようだ。

「そんな顔で言っても、全然説得力ないわよ。そんな疲れた顔をしているようじゃ、この仕事を任せるのは難しいかもしれないわね」
「え、何かあったの…? 」
「さぁね。今あなたがしなければならないことはゆっくり休むことよ」

 書類を受け取ろうとする苗木の手を霧切は軽くあしらう。
 ついでに苗木が手に持っていた資料も強引に奪い取る。
 あとは私がしておくから、と言う霧切の優しさに、苗木はぎこちなく笑ってお礼を言うことしか出来なかった。



 久しぶりに自室に帰って来たというのに、心が休まる感じはまるでしなかった。
 必要最低限の物だけ揃った室内は生活感がなく、コロシアイ学園生活での自分の部屋を思い出させ、むしろ息が詰まるくらいだ。
 机の上に書類がいくらか積まれていたが、今は霧切の優しさに甘えることにしよう。
 スーツを脱ぎ、ベッドに横になるが、一向に眠気は襲ってこない。
 申し訳程度に目を瞑るも、覚醒した脳みそは嫌なことばかりを思い出させる。
 少しも休んだ気になれず、ベッドから起き上がり、水を飲んで気分を落ち着けた。

 軽く運動もしてみたが、やはり眠れそうにない。
 気晴らしに本でも読むかと、苗木は一度起き上がり、本棚に目を向ける。
 その中にはかつて狛枝が自分に読んでくれた絵本も並んでいた。
 あの日以来、いたく絵本を気に入った苗木に狛枝がプレゼントしてくれた物だ。
 コロシアイ学園生活から脱出した後、何か残っていないかと荒れ果てた家でやっとの思いでかき集めたのだ。
 苗木は絵本を本棚から取り出し、ページをめくっていく。
 幻想的な色使いで描かれる世界はあの頃のまま色褪せず輝いており、苗木は時間も忘れて読み耽っていた。

 少女の夢見る世界。
 現実は厳しかったが、それでも少女は夢を諦めずに真っ直ぐ試練に立ち向かっていく。
 物語の結末、かつて狛枝はこの物語を夢見る少女の戯言だと言っていたが、自分はそうは思わなかった。
 今でもその考えは変わらない。
 少女の夢は現実の物となり、彼女は見事最後の試練を乗り越えて自分の在るべき世界へと帰ることが出来たのだ。
 ポタリ。
 紙面に染みが広がっていく。
 今更ながら、その考えの違いが、自分と狛枝の差に思えて胸が詰まる。
 学園長の問いに頷いたあの日に覚悟したはずなのに、やはり狛枝のことを考えると胸の奥が痛くて堪らない。
 結局、世界のためと言いながら、自分は狛枝さえいればそれでいいのかもしれない。
 こんなことで何が超高校級の希望か、自分勝手な己に苗木は苦笑する。
 苗木は絵本をパタリと閉じ、本棚に戻すと、ベッドの上で横になった。
 瞼の向こうに映るかつての朋友の無残な姿は、自分を戒めるかのようだった。



「少しは休めたかしら」
「うん、ありがとう」
 変わらず酷い顔をしている苗木に霧切は眉を顰める。
 しかし、苗木の身上を察するに休むに休めないのだろう。
 霧切はあからさまに溜息を吐くと、苗木に書類を手渡した。

「絶望の残党、それも希望ヶ峰学園の生徒と思われる集団が南の島で見つかったらしいわ。その処分を第14支部に任せる、だそうよ。」
「それって…」

 処分とぼかして言ってはいるが、要するに絶望の残党である彼らを殺せということだろう。
 苗木達が未来機関に来てからそれなりに時間は経っていたが、実際に未来機関の一員として活動してからはまだ日が浅かった。
 試されている、そう理解して間違いないだろう。
 苗木は手渡された書類にざっと目を通す。
 確かにそこには南の島で希望ヶ峰学園の生徒が見つかった旨が書かれていた。
 そして、そこに記された名前に苗木は愕然とした。
 狛枝凪斗。
 まさかこんな形で狛枝と再会することになるなんて――…。
 
「苗木君が想像した通りよ」
 霧切は苗木の内心の驚きには気付かず、話を続ける。
「そんな…!! 彼らが絶望に与したからって簡単に殺すなんて、そんなの間違ってる!! 彼らは同じ希望ヶ峰学園の生徒なのに」
「そうね。でも彼らがしてきたことを考えれば、そう考えるのは仕方ないことよ。それに、話し合いで解決出来る程、こちらだって余裕があるわけではない」
「………」

 分かっているでしょ?と聞き返す霧切に苗木は返す言葉もなく、黙り込む。
 確かに彼らがしたことは許せない。
 でも、だからといって彼らを殺すことが正しいとは思えない。
 殺されたから殺し返す、それでは彼らとやっていることは同じではないか。
 もう希望や絶望だからと言って誰かが死ぬ所は見たくない。
 それに、狛枝を殺すなんて……そんなこと自分には絶対に出来ない。

「そうかもしれない。でも、やっぱりボクには出来ないよ………」
 そんな苗木の反応に霧切はふぅっと息を吐き出す。
 予想通りの反応に苗木は、もはや二の句も告げなかった。
「ここからだとジャバウォック島が近いわね。」
「………?」
 突拍子もない霧切の発言に苗木は意図が掴めず、疑問符を浮かべる。
 そんな苗木の反応を気にした風もなく、霧切は言葉を続ける。
「彼らが本当に絶望に与していたのか、それを調べるために一度ジャバウォック島で確認がしたいわ。取次に連絡して彼らを連れて来てもらいましょう」
「!? 」

 ジャバウォック島には苗木達が未来機関に入った時に引き継いだ研究施設がある。
 未来機関はそれぞれの支部が研究施設という名の根城を持っており、苗木も第14支部の支部長となった時に渡されたのだ。
 元々は超高校級の彼らが活躍出来るための補助施設として世界各地に設けられていたのだが、世界が絶望に染まってからは、自分の才能を磨くための唯一安全な場所として機能している。
 苗木達はそこでアルターエゴを使って、未来機関の仕事の合間に絶望した人々を救うためのプログラムを研究していた。
 やっと霧切の意図に気付き、苗木は顔を明るくする。

「ありがとう、霧切さん!! 」
「私は未来機関ではなく、あなたに付いているだけだから。あなたに従うまでよ」
「うん、ありがとう…」
 苗木の久しぶりの心からの笑顔に、霧切も嬉しそうに口角を上げた。


 それから苗木は南の島で77期生の身柄を預かると、そのままジャバウォック島へと帆先を向けた。
 先に到着して準備をしていた霧切達と合流し、プログラムの準備を開始する。
 いつまでも未来機関の目を欺くことは難しい。
 時間は一刻の猶予も許されなかった。
「このプログラムが成功すれば……」
 モニターに目を向ける苗木の目にはひどい隈があった。
 苗木だけではない、誰もが目の前の作業で何日も寝てない日が続いていた。

 苗木達が必死で作業を進めているプログラムは「新世界プログラム」と称されるもので、絶望した人々を救済するために開発している装置だ。
 支部長としてこの研究施設を割り振られた苗木が真っ先に行ったのがこの研究だった。
 仮設プログラムで過ごした記憶と現実との記憶を書き換えることで、絶望に堕ちた人々を更生させるという極めて優れた代物だ。
 まだ実験段階で、とてもではないが実用化するには多くの危険が残っていたが、背に腹は代えられない。
 殺されそうになっている狛枝を、77期生の生徒を、このまま見過ごすわけにはいかない。


「本当にこれでいいのぉ? 」
「うん…。彼にとってボクの存在は絶望の糸口になりかねない。可能性は全て消した方がいいんだ」
 そう寂しげに告げる苗木にアルターエゴは掛ける言葉も見つからなかった。

 必要な作業を全て打ち込み、彼らを装置にかける段階で、苗木はこっそり狛枝の記憶に更なる修正をかけた。
 狛枝の中にある苗木誠の存在を全て消したのだ。
 あれから悩んだ結果、こうするのが一番いいのではないかと思った。
 狛枝にとって自分の存在は重荷でしかない。
 こうしてやり直せるきっかけがあったのだから、一からやり直すのもいいだろう。
 そう思い、彼の記憶だけは苗木の独断で少し変えさせてもらった。
 これも彼が再び絶望しないために必要な段階なのだ。
 そう考えると、今まで自分がしてきたことの愚かさに呆れてしまうが、この気持ちだけは一生引きずって行こうと思った。
 こんな愚かな自分を愛してくれた彼女のためにも。

 


 明りも点けず、真っ暗な部屋の中で苗木はシステムの最終調整に入る。
 苗木は一息つくと、狛枝の眠るポットのすぐ側に腰掛ける。
 装置の中で眠る狛枝の顔は安らかな寝顔をしている。
 久しぶりに見た狛枝の穏やかな顔に、苗木は自身の考えが間違いでなかったことを確信する。
 
 「これで、良かったんだ……」

 ねぇ、ボクは希望になれたんだ。
 やっとキミの理想に届いたと思ったのに、どうしてキミは隣にいないんだろう。
 キミに出会えたことをボクは後悔してない。
 でも君は違ったみたいだね。
 さようなら、狛枝クン。
 ボクはキミの希望にはなれそうにないけど、キミが幸せになれるよう遠くで祈ってるよ。
 





希望を夢見て
(さようなら、良い夢を。)
















あとがき

続きが読みたいと有り難いお言葉を頂いたので、調子に乗って続けてしまいました。
あと一話で完結予定なので、お付き合い下されば幸いです。
この話は一応狛苗をくっつけるつもりで書いているのですが、すれ違いが美味しくて、もうくっつかなくてもいいんじゃないかという気がしてきています← 
そもそも狛枝ごときが苗木君と付き合うなんて身分不相…ゴホン 
とりあえず苗舞が書けてとても楽しかったです。アイドル可愛い!!





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