希望ノススメ



苗木+霧切(1終了後シリアス)





「それでは、ここに未来機関の代表取締役として、苗木誠の就任を決定する」
拍手に迎えられ、苗木は席から立ち上がり、その賛辞に応える。
これで自分のやりたいことに一歩進むことが出来た。
苗木は内心ほくそ笑み、会議室を後にした。


自分の仕事場に行くと、既に霧切がそこに居た。
電気もつけられていない部屋は薄暗く、彼女が仕事をしに来たわけではないことは容易に知れた。
「休日出勤?仕事熱心だね」
「どうも。あなたも、取締役就任おめでとう」
苗木の軽口に応じる霧切の口調は厳しい。
普段の彼女の口調はいつも厳しかったが、それらにはいつもこちらを思いやる不器用な優しさが含まれていた。
しかし、今はそんな優しさは微塵も感じられない。


いつからだろう、苗木とかつてのコロシアイ生活の生き残り達の間に溝が生じたのは。

苗木は自身の、希望のあるべき道を求めて絶望を退けてきた。
必要とあれば人も殺した。
苗木自身、人を殺すのには抵抗があったが、それが希望のためならば止むを得ないと思っていた。
絶望に覆われたこの世界で必要なのは希望なのだから、希望のためになるのならば苗木は何だってした。
しかし、その考えは彼らには理解出来なかったようである。


苗木が初めて人を殺めた日。
苗木が現場から未来機関へと帰ると、同じように霧切が部屋で待っていた。
日付も変わろうとしていた時間帯まで有能な霧切が残業をしているはずもなく、苗木は霧切の気遣いに苦笑をしながらも心の中で感謝をしていた。
覚悟を決めたとはいえ、誰かを自分の手で殺すことに躊躇いがなかったわけではない。
ただそれが希望のためになるのなら、かつて自身が間接的に殺めた彼らの死を無駄にしないためにも苗木はここで立ち止まるわけにはいかなかった。

苗木は久しぶりに嗅ぐ血の匂いに眩暈を感じながら、もう二度と動くことはない骸の目をそっと閉じると、その場を後にした。
人を殺したというのにまるで動じた様子を見せない自身に苗木は驚いた。
自分の性格を考えるなら、もっと恐怖したり、発狂しそうだと思っていたのだが、心はまるで何事もなかったかのように凪いでいる。
血の匂いが染み付いてしまったスーツを着替えるためにも一度自身の部屋へ帰ろうとする苗木の足取りは、サラリーマンが会社へと向かう足取りと何ら変わりない。


「あれ、待っててくれたんだ?」
わざとおどける苗木の態度に、霧切は眉を顰める。
苗木が今日人を殺しにいくのは周知の事実だった。
未来機関への忠誠、これは苗木達コロシアイ学園生活を生き延びた彼らへの覚悟を問う物でもあった。
霧切を始め、他の面々も良い顔をしなかったが、苗木はこれを受諾した。
家族も友人も殺された自分達にとって未来機関以外に居場所はなかったからだ。
未来機関に放逐されれば、絶望の残党に対抗する武器を持たない自分達はすぐに殺されてしまうだろう、それは何としても避けたかった。
それ以上に、絶望の残党を狩ることが希望への近道だと信じたからこその選択でもあった。


淡々とロッカーのスーツに着替える苗木を見て再び霧切は眉を顰めた。
神秘的な雰囲気が美しい霧切が顔を歪めるとそれだけで迫力がある。
苗木は霧切の視線を背中に一身に受けながら、黙々と着替えを進めていく。
「変わらないのね、あなたは」
「ははっ、ボク自身も驚いているよ」
そこに苗木がたった今人を殺してきたという事実はまるで存在しないかのように、苗木はいつも通りだった。
着替えが終わると、苗木は血の匂いの付着したスーツをゴミ箱へと投げ捨てた。
綺麗な弧を描いてゴミ箱へと落下したそれを霧切は無感動に眺めた。
「もう遅いし、送っていくよ」
「結構よ。それじゃあおやすみなさい」
それだけ言うとさっさと霧切はさっさと部屋を出て行ってしまった。
苗木はそれを無表情に眺めているだけだった。
その瞳の奥には確かに狂喜の色が、かつて超高校級の絶望と言われた江ノ島盾子が所有していた狂喜が存在していた。


それからというもの、苗木は積極的に残党狩りに参加するようになった。
あの日以来、霧切は苗木とは事務的なこと以外で話をすることはなくなっていた。
また、狂気に駆られたように絶望を狩る苗木を見て、他のメンバー達も苗木と距離を置くようになっていった。
表情を変えることなく絶望を狩っていく苗木の底にある、かつての絶望が抱えていた物と同じ物を彼らは本能的に感じ取っていたのかもしれない。

いくつかの残党狩りを初めとして、苗木はその功績から違う部署へと引き抜かれることになった。
その部署は絶望と戦う第一線といっても過言ではない。
快諾した苗木に周囲は驚きを隠せずにいた。
そんな苗木に霧切は好きなようにしたらいいと言ったために、周囲も渋々頷いた。

違う部署に所属してからというもの、霧切は勿論のこと、他のメンバーと交流は途絶えていた。
部署を移動する前から彼らとはどこかで違和感を感じていたため、苗木は少し寂しく感じながらも特に気にすることはなかった。
今の苗木にとって絶望を狩ることが唯一の楽しみとなっていたのだから。
絶望を一人倒すことでそれだけ希望に近づいている、そう考えると苗木は心が昂るのを抑えられなくなる。
この世から全ての絶望を駆逐するためにも、もっともっと絶望を倒す必要がある。
そのためにも未来機関の頂点に立ち、自身で指揮を執る。
そうすれば世界に希望が満ちる瞬間を真っ先にこの目で見ることも可能だ。
その時の苗木の目には、暗い、底知れない色が浮かび上がっていた。


そうして苗木は移動した部署で実績を積み重ね、見事出世街道に乗ることが出来た。
晴れて取締役に任命された苗木は、喜び勇んで自身の仕事場へと戻った。
部屋に辿り着くと、霧切が待っていた。
2、3年程度離れていただけというのに、もう長いこと会っていないような気がする。
彼女と話すとコロシアイ時代の自分を思い出し、何だかこそばゆくなってくる。


「変わったわね」
「そうかな?でも、希望のためならボクは自分が変わることだって厭わないよ。
希望がなくては人は生きて行けない、希望のために人は生きてるんだから」
「希望のため、ね」
そう言うと霧切は苦笑した。
彼女の雰囲気は苗木にも分かる程度には不機嫌だった。
「希望の何が不満なの?ボク達が江ノ島盾子に勝てたのは希望があったからこそじゃないか」
「そうね。でも今のあなたを見て自分が間違っていたことを感じたわ」
霧切の発言を聞いて苗木は内心驚いていた。
自尊心の高い彼女がこうして口に出して負けを認めることはめったにない。
「へぇ、どういうこと?」
内心をおくびにも出さず、苗木は霧切の続きの言葉をうながす。

「希望は絶望あっての希望、そして希望は絶望と表裏一体。完全な希望など存在しない」
ぴくり、と苗木の手が腰のホルスターへと伸びた。
「今のあなたは超高校級の希望と言われた苗木誠じゃない、あなたは…」
ガシャン。
苗木の手によって、その言葉が発せられることはなかった。
霧切の頬を掠めた銃弾は霧切の背後にある窓ガラスを貫通していった。
窓に掛けられていた警報が館内に響き渡る。
「騒ぎになるからもう行くわ。覚えておいて、この世から絶望がなくなったら希望さえ存在しなくなる。
自身の信念のために人を殺すのは希望でも何でもないってことをね」
それだけ言うと、霧切は颯爽と部屋から立ち去った。

バンバンッ。
リボルバーに充填された分だけ床に打ち込むと苗木は息も荒く、その場に座り込んだ。
硝煙の匂いが部屋に充満し、少しだけ苗木の心を落ち着かせた。


「何があったんですか」
いくらかして銃弾の音と警報を聞きつけて守衛が駆けつけてきた。
「何でもないです、何でも…」
にっこりと笑った苗木の顔には表情が欠落していた。




希望ノススメ
(すべては希望溢れる未来のために………)
















あとがき

ブログの小ネタ用に書いたんですが、思いの外長くなったのでこちらにも上げて置きます。
寝る直前に降ってきたネタなので、正直私自身も何がしたかったのか覚えてません←
とりあえず希望と絶望は紙一重、希望に傾倒するあまり絶望に堕ちかけてる苗木君を書きたかったんだと思います…
苗木君黒幕ネタとか主人公闇堕ちネタ大好きなので狛枝も絡めていつかリベンジしたいです






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