秘密のバイト
血の気が失せた青白い顔に一種の不安を覚える。
「………なんか葉柱さんヘンじゃねぇ?すげー痩せた気するし顔色悪くね」
今日も練習が終わってすぐ部室を後にする葉柱さん。
言われてみれば確かに、と同意する面々。
「…今日……吐いてた」
「えっ」
「3回目の休憩ぐれーのやつなら俺も見た」
「……………」
流石におかしい。
* * * * * *
久しぶりに見るヒル魔。
「おかえり」
「おぅ」
それだけ言ってキスされた。最初は軽く、啄むようにしながら徐々に深くなってく。
「葉柱…」
あれ、ちょ…
「…待てっ」
迫ってくる唇をパシっと手で顔をガードするとヒル魔の柳眉が吊り上がった。
「…んだよ」
見るからに不機嫌な顔だ。
「えっ…と……、その…ャんの…?」
「決まってんだろ」
「ちょ、ヤバいんだって!今日は…何つーかっ……えっと…」
「んだよ、危険日だとでも言う気か?」
「ん…そうなんだよ…だから、な?」
「……ホントに危険日なら好都合じゃねーか」
「えっ…」
「孕めば儲けモンだ」
「お前……」
そりゃ俺も信じて騙されてくれるとは思ってねーけど!
「…危険日って理由は使えねぇな、どうする?」
「……ゔ…」
「…つーか俺怒ってんだけど。原因まさか分かってねぇの」
「……えっと……なに…?そんなヤりてぇとは…」
「違ぇよ!……心当たりあんだろ」
「…………」
ヒル魔と会うのは今日が40日ぶりだし、その間はアメリカだし、知らねーはずなんだけど。
「まあ40日ぶりに会ってヤんの拒否られるとは思わなかったけどな」
「………………」
「理由は」
「………………」
「……言ってやろうか」
「…え?」
「…………賊学の奴らから連絡きたんだよ、お前の様子がおかしいってな」
「…は?」
「こっちはアメリカ横断してる忙しいときによ、まあお前のことを心配してんだろ。俺が一枚噛んでると思ったみてーでな、俺は勿論知らねぇ。でだ」
「………………」
「わざわざ調べたんだよ、俺がんなことでこっちに戻るわけにもいかねーから奴隷共使ってな」
「…え………ってことは、まさか……」
「あぁ、知ってる」
ヒル魔は尻ポケットから脅迫手帳を取り出してペラペラと捲る。
「お前この1ヶ月ほぼ出勤してたみてーだな。あ?今日ヤれねーのは痕でも残ってるか、あるいは…まだ出勤日数が残ってるか」
流石蛭魔妖一、ってことかよ。
「どっちだよ」
「………………」
「言っとくけど黙秘は使えねぇからな。ここで俺に撃たれるか、正直に吐くか。別れる選択肢はねぇ」
『別れる選択肢はねぇ』か。やっぱりヒル魔だ。すげーよ。全部分かってて俺に逃げ道を用意しねぇ。
「………痕が残って」
る、までは言わせて貰えなかった。
後ろのソファーに押し倒されるのと同時に乱暴に口付けられて舌を噛まれた。
「…っ」
そのまま服を剥ぎ取られてヒル魔の動きが止まった。
「……ごめん、」
「………………チッ、」
俺の躯は痕が残りやすいのか、まだくっきりと残ってる。
もう3日も前のことだ。最後だからって今まではキスと痕を付けることだけは拒否してきたのに、終わって見ると体中に散らばる紅い痕。
終わった、と思った。ヒル魔にバレればどんな仕打ちが待ってるか。別れるかも。どれも嫌だと思った。でもきっとこんな俺をヒル魔は赦さない。
「ごめん、ごめん…」
謝って許してくれる程生半可な相手じゃねぇのは分かってる。けど言わずにはいられなかった。
「………そんな泣くな」
ヒル魔は優しくそう言って涙を指で拭う。
「顔上げな」
顔を上げてヒル魔を確認するとバチンと横から音がした。
「…え……?」
一瞬何が起きたか分かんなくて驚いた。暫くして感覚が戻ってきて、頬が痛かったから、たぶん叩かれたんだと思う。
「……抱かせろよ」
「ん…」
俺はてっきり乱暴に抱かれるんだと思ったのに、ヒル魔はこれまでにないくらい優しく抱いてくれて。ずっと泣きっぱなしだった。
Fin.