檻の金魚
「……………」
とうとうあと一週間。この身が買われる。
嫌だ。
逃げ出したい───
「──待ちなっ、瑠璃!」
足の裏が痛い。ズキズキする。でも明日からのことを思えば。そう思って全力で走る。
「──自由…」
外に出たのが久しぶりで、うかうかしてた。気付いたときには遅く。
ドンっとぶつかった音がして尻餅を付いた。
「どこ見て歩いてんだ?あ゙ァ?」
「……すみません…」
「…お前──」
上から下まで舐め回すように見られて、居たたまれなさでいっぱい。
「瑠璃っ!!!」
げ。
「すみません…うちの子がご迷惑おかけしました」
「…お前陰子か」
「………………」
「……こいつ時間あるか?」
「へっ…?」
「借りていいか?」
「この子は身請けが決まってまして…」
男は懐から金貨を何枚か出しておかみに預けた。
「足りねぇか?」
「…………い、いえ!いってらっしゃいませ…」
「よし」
抱き上げられて、着いた場所は縁日。
「おっ、金魚掬いあるぜ。デメキン取ろうぜ」
「……きんぎょ?」
「見たことねぇ?あの、目でけぇやつ」
「?」
「ケケケ、お前と似てる」
「カッ!」
「ほらよ、お前にやる」
渡された袋には黒と赤のデメキンが1匹ずつ。
「……ありがと、う」
「……………。そろそろ帰るか」
「………」
「帰りたくねぇ、か…?」
「……………」
「話ぐれー聞くぜ?」
「…………」
「…まあ話したくねぇなら聞かねぇけど」
「……………………。身請けが、決まったんだ・けど。でも、俺を買ってくれたのは…ッ」
言葉が詰まる。背中を摩ってくれる手が優しい。
「………泣いてもいいぜ」
抱き締められて胸に顔を埋めて泣いた。
「……お前が、逃げてぇなら…」
わかってる。でも俺が逃げたらおかみにも、同期の連中たちや店のみんなに迷惑がかかる。
──だから逃げない。
「──俺、戻る…」
「…………そうか…。俺も近いうちに寄らせて貰うな、そんときは笑って迎えろよ?」
「………ん」
「送る。悪かったな、連れ回して」
「…………」
首を横に振って否定を示せば髪を撫でられた。
「ありがとう…」
金魚鉢の中でゆらゆら泳ぐ黒と赤の金魚。縁日に連れて行ってもらったときに買っていただいた。
「……揺れてる」
水が跳ねて水面が揺らぐ。
「…俺と一緒…」
決して出られない、仮に出れたとしても死が待ってる。檻からは出られない。自由とは無縁。夢のまた夢。
また今日も身体を開く。濁った空気。暗い照明。
自分の声が嫌だ。
「…………………」
明日、とうとう俺は買われていく。あいつも結局来なかったし…
「…………。っ、」
涙が溢れて頬に伝う。拭うこともせずに暫く静かに泣いていた。
「瑠璃、お客さんだよ」
おかみの声に涙を拭ってから返事をすると襖が開いた。
「遅くなって悪ぃ」
「ぇっ……」
「蛭魔様、これを」
「ん」
"蛭魔"?って…あの大商人…と同じ名…
「おかみ、瑠璃を身請けしたい。金は用意した」
「………。でも一条様が…」
「一条の野郎とは話をつけてきた」
「それなら…」
「瑠璃」
「……っ」
「また泣いてやがったな?」
「…っ…来ねー、かと…」
涙で前が滲む。もっと顔を見たいのに。
「遅くなって悪ぃ…一条の野郎がしぶとくてよ」
「…ん、」
「お前は俺のモンだ」
「……………」
「返事は?」
「…………はい…!」