30代のヒル魔と葉柱
机の上のiPhoneが僅かに震えて着信を示した。見覚えのある電話番号を確認してからスライドさせる。
「…おぅ。なんだ」
『ハガキ見た?』
「…おー」
『お前全然連絡ねーし。遊びに来いよー久々に飲もうぜ。週末暇?』
「あーちょっとなあ…仕事残ってっし…」
『あいつ友達と遊びに行くっつーから俺チビと2人なんだよ。家新築したから見に来いよ』
「…………」
『…ヒル魔ー?』
「………チッ、仕事片付いたら土曜の昼頃行く」
『ん、待ってんなー』
何考えてんだあいつ…。昔からわかんねぇ。
通話を終了させて黒のiPhoneでアドレス帳から週末会う予定だった女の番号を呼び出す。
「………俺。今週末やっぱキャンセル」
キンキンと耳障りな声で理由を問い質される。埋め合わせするとだけ言って電源を落とした。
仕事やる気になんねぇな。糞。
* * * * * *
「………………」
なにこいつ。すげー似てる。
「………おまえだれ」
「カッ!おい走んな……あ、久しぶりヒル魔」
「……おぅ」
「…………ひりゅま?」
「ヒ、ル、マ」
「ひるまー?」
「…パパやってんじゃねーか」
「……一応な、上がれよ」
「オジャマシマス」
「おー」
「ん。お前好きだったろ」
「悪ぃなー」
雁屋のシュークリームと上物ワインを渡すとリビングに通される。
白を基調としたシンプルな家具類にふかふかのソファー。60インチの液晶テレビ。葉柱がアイルランドキッチンの向こう側でコーヒーを淹れてる香りがする。お前まだこの豆か。
「議員秘書ってのは儲かってんなあ」
「カッ、わかってっだろ。センセー様の小間使いみてぇなもんだ」
葉柱が淹れてくれたコーヒーを飲みながらぐるりと見回す。
「ヒル魔は今社長やってんだっけ」
「肩書きだけな、代表取締役」
やってることはSEと変わんねーよ。
「ふーん」
オレンジジュースを飲むガキを膝に乗せてシュークリームを頬張る葉柱。どっちもガキみてぇな顔してやがる。
「………このガキもデカくなったよなあ」
前見たとかはまだちっこかった気がする。
「お前いくつになったんだ?」
「れお4さい!」
「へー……」
顔の前で"4"の指を自信満々に出してる。
「さっきのシャンパン開ける?つまみ何がいい?ヒル魔飯食った?」
「あー…つまみはなんでもいーぜ飯は軽く食った」
「……何?」
「シリアル」
「それ食ったって言わねーよ!」
「糞!うるせーな、人間二,三日食わなくても死なねーよ」
「カッ!適当に作るから食ってけ」
その間こいつ頼む、と言ってガキを俺に預ける。
「…………」
ちょこんと借り物の猫化したガキはじーっと俺の目の前にあるシュークリームを眺めている。
「…欲しいか?」
「うん」
目をキラキラさせて見上げられる。
「…お願いしますは」
「おねがいします」
「ちょ、ヒル魔!!何やらせてんだよ!!」
チーズとワインを持った葉柱が咎める。
「……躾?おらよ」
シュークリームを与えると嬉しそうパクついた。
「…甘やかすなよ」
「お前も甘やかされて育ったろ?」
「…………カッ、もうできるから大人しくしてろよ!」
「ひるまシュークリームくれるからすきー」
「ケケケケケ、そーかそーか」
頬に付いてるクリームを舐め取るとけたけた笑ってる。
「………ヒ、ル、魔っ!」
「ってぇなあ…なんだよ」
「手出すなよ、犯罪だぞ」
「合意だ」
「18未満は適用されねぇ」
「チッ、知ってんだよ」
「ペペロンチーノにした。鷹の爪あんまなかったけど全部入れたから」
「サンキュ」
「れおーおいでー」
「…………」
「……れおー?」
「なんだ俺の傍がいいのか?」
「…ん」
「葉柱皿寄越せ」
「…………」
「ケケケ、パパ寂しがってんぞ」
ガキってのは柔らけー髪してんのな。髪質まで似んのか。
「ジュースおかわり」
「夕飯食えなくなっからだめだ」
「けち」
葉柱とガキが言い合ってる。なんとかガキを宥めて困ったように笑う葉柱を見ているとあっという間に時間が経つ。
「…………。葉柱」
「お?」
「ごっそさん。俺行くわ」
「ん」
「ひるまかえるの?」
「また遊びに来てやるよ」
「やだぁあああひるまぁああ」
「おいおい」
「ひるまとけっこんするー!!」
「……似てんなぁ」
「…………誰とだよ…」
「お前に決まってんだろ。まあ…久々に顔見れて良かったぜ」
「……あぁ」
「れお泣くな。俺と結婚してーならとびきりイイ男になれ」
「…………ん…」
「じゃーな」
ガキをわしゃわしゃと撫でて、葉柱には軽い口付けを。こんくらい許せ。