乙女
「うーさっみぃ…」
マフラーで顔を半分覆った葉柱がいつもより1分程遅れて泥門の部室のドアを開けた。
「糞!おせ…「これでも飲んで温まって?」
いつも通り俺が取り出した銃を遮って、糞マネが淹れたばかりの紅茶を差し出す。
悪ぃ、なんて言いながらマフラーと厚手の革手袋を外す葉柱は頬と鼻先が赤くてなんだか可愛らしい。
慣れたもので、早々に目線をパソコンに戻す。
「ヒル魔ーあとどんくれーで終わんだよ」
「こんくれぇ?」
手を体の前に持ってきて幅を取ってやる。
「カッ!バカにすんな!!」
「元からだろ。今更じゃね?」
「カッ!!!」
俺に楯突こうなんて100万年早ぇんだよ。
来週の予定を打ち込みつつ、葉柱の様子を窺う。
「…葉柱君、これ」
「…お…?おぉ。さんきゅ」
驚きつつも、慣れた仕草で糞マネから《それ》を受け取る。
流石はヘッド、といったところか。
貰い慣れているらしい。
「ヒル魔君にもね」
「いらねぇ」
俺が甘臭ぇモン嫌いなの知ってんだろ。
いらねーよ。
嫌がらせか?
* * * * * *
さっき、姉崎のチョコレートも結局受け取らなかった。
ということは、多分ヒル魔は誰からもチョコレートを貰っていないはず。
甘いのが嫌いだから。
菓子会社の策略にハマって告ろうかと思っちまったけど、当の本人がチョコ嫌い、だし。
ゔ〜〜〜〜〜〜どうしよう。
冗談にしても受け取ってくれなさそう。
「嫌がらせか?」とか言われたらまじ凹む。
折角勇気を出して買ったチョコレートも出番無し―――
自分用に淹れたミルクたっぷりのコーヒーも冷めてしまった。
ヒル魔のキーボードを叩く音が酷く大きく聞こえる。
カタカタカタカタカタカタカタ…
もう《いつもどおり》ココ―ヒル魔の部屋から出る頃合い。
…だめだ。
何事もなかったように《いつもどおり》にする。仕方無い。
ヒル魔が姉崎からも貰ってたり、他の奴らからも貰ってたりすれば、ちょっと嫌だけど冗談でも渡せたかもしれなかった。
そんなことも出来ない。
自分で食べるには寂しいから、兄貴には別にあったけど、チョコレートは兄貴にでもやる。
そう決めて。
「―じゃ、俺、」
帰る為に腰を上げようとした、ら。
カタカタ、タ
キーボードを叩く音が突然止んだ。
「―例のもん寄越せ」
「?はい」
差し出された手にさっき買ったばかりの缶コーヒーを渡す。
「糞!ちげーよ」
言いながらプルタブを開けてそれを一口飲むヒル魔。
でも飲むんだ。
「…じゃぁ何?」
分からない、という風に覗き込めばいらいらとした様子で。
「俺に渡すモンがあんだろ」
―――まさか、いやぜってー違うし。
「………?」
戸惑いながら考えればヒル魔がこちらに近付いて来る。
「甘臭ぇ茶色の物体」
―――チョコレートのこと?
「…………………………………………………………………………………………………え…?」
「あんだろ」
「…………ぇ、なん…は…?」
何で知ってんだよ?
「喰ってやっから」
え、え?
何この展開。
考えらんねぇんだけど。
だって、ヒル魔、甘いモン嫌いじゃねーの…?
「葉柱?」
名前を呼びながら、俺が座るソファーにヒル魔が乗り上げてきた。
「…っちょ、ストップ!ストップ!!それ以上近寄んなっ」
「―無理」
ちゅ、軽く唇が触れ合った。
一瞬で離れたソレ。
「俺に、あんだろ?」
ソノジシンハドコカラクルンデスカ?
つーか、今………?
「ねぇのかよ」
「…………………っる、けど………!!?」
言っちまった…
「けどなんだよ」
ニヤニヤ楽しそうに笑うヒル魔が憎らしい。
…でもやっぱり好きで。
「…………………………」
あ〜もう。
どーにでもなれ!
取り敢えずチョコ渡して退散―――
「…っ」
―――そんな上手くいくはずもない。
「てめェ何逃げようとしてんだよ」
立ち上がったところであっさりヒル魔に捕まった。
「………………………」
「…何か言うことあんじゃねぇの?」
「………………………………………………………………………………………………す、き…?」
「疑問符つけんな」「………っ、すき。ヒル魔がすき」
「…おう」
言ったらヒル魔はまたキスをくれた。
とびきり甘いやつ。
「羞恥プレイだ…」
「てめーがなかなか渡さねぇから悪ぃんだろ」
「でもだってヒル魔チョコ嫌いじゃねーか」
「………確かにこんな甘臭ぇモンよく喰えんな」
やっぱ渡さねー方が良かったんじゃ…
「ま、お前のなら喰ってやってもいーぜ」
「ん…んっ…!?カアァァッ!!!!!?な、に、すんだっ」
「Deep kiss.」
「………、…………、………!!!!!!!」
「んな慌てんな。セックスもできやしねぇ」
「!!!!!!!?」
「逃がさねーからな」
Fin.