一輪の小さな薔薇 | ナノ

08


昼間、パウリーさんがペーパーウェイトを壊してくれたお陰で気持ちがスッキリした。これで前に進める気がする。そんな気分で酒場の仕事をしていれば、お酒を持ってきたテーブル席にいるルルさんに「やけに明るいな」と聞かれてしまった。


「良いことでもあったのか!?」


相変わらず声が大きいタイルストンさんにも言われてしまい、私は微笑みながらも「内緒です」と答え、またカウンターへと戻っていく。しかし、その様子をまたおばさんに見られていたらしく、嬉しそうに笑うおばさんが私に料理を渡しながらも尋ねてきて。


「ナマエちゃん、彼氏でも出来たの?」
「え!?」
「いつの以上にニコニコしてるんだもの。 皆気にしてるわよ?」


気持ちがスッキリした事で顔にまで出ていたらしい。気をつけなければ、と気合いを入れるように頬をパンパンと叩く。これじゃあ、本当に彼氏が出来て受かれてる子だ。仕事なんだから公私混同はダメだよね。


「ナマエちゃん、笑顔は良いことだからね?」
「え? あ、あはは……」


ダメだ、完全に空回りしてしまっている。だが仕事は待ってはくれなくて、私は苦笑したままおばさんに渡された料理を持ちお客さんのところへと持っていく。だが、その先でも「何かあったの?」と聞かれてしまって。お客さん達は興味津々な顔で聞いてくる。


「まぁ、いろいろと。 ……あはは」
「やっぱ、彼氏?」
「彼氏ではないです!」


慌てて否定するもお客さんは本当に彼氏が出来たと思い込んでいるようで。これじゃあ、違うってだけじゃ信じてもらえないな。いっそのこと話してしまおうか。そう思い、私はカクさんの名前は伏せながらも、片想いがやっと吹っ切れた事を話した。


「そうなんだ!」
「ていうか、ナマエちゃん好きな人いたのかぁ」
「いいなぁ。 ナマエちゃんに惚れられたやつ羨ましいなぁ」


何気ない一言だとわかっているのに、心が痛む。何で? 吹っ切れたはずなのに。自分から話したのにも関わらず、もうその話はやめてほしかった。私は慌ててカウンターへと戻るが、さっきまでの笑顔は消えていた。吹っ切れたのは確かだ。でもまだ、笑いながら話せる余裕はないらしい。


「おいッ! ナマエ!!」
「はい!」


タイルストンさんの大きな声で我に返り、仕事中だということを思い出し、慌てて彼らのところへ駆け寄る。どうしたのかと思えば、ルルさんは「聞こえたぞ」と言ってきて。だよね、聞こえない方がおかしいよね。だって後ろの席だもん。


「そういうことです」
「そうか」
「なら、尚更船大工で良けりゃ、紹介してやる!!」


ルルさんはクールに、タイルストンさんは楽しそうにビール片手に言ってくる。もしかしたら、新しく気になる人でも出来れば、完全に忘れられるかもしれない。そう思い私は彼らに「じゃあお願いします」と頼んだ。


「ナマエいいのか?」
「はい」


タイルストンさん同様、ビール片手に聞いてくるルルさんに頷く。私だってそろそろ前に進みたい。少し無理矢理すぎかもしれないけど、このくらいやらないとダメな気がする。


「なら、ナマエに合いそうな奴探しておいてやるよ」
「はい!」
「というか、ナマエが一番ドッグに来た方が早いんじゃねぇか?」


いきなり突拍子もないことを言い出すタイルストンさん。その発言に驚いていればそれに乗っかるようにルルさんが言葉を続ける。


「そういえば、ナマエは来たことなかったな」
「まぁ、用ないですし。 仕事の邪魔しちゃ悪いと思ってましたから」


そんな事を言うが、後者は嘘だ。一番ドッグに行ったことないのはカクさんがいたから。緊張して私から会いに行くのは出来なかった。だがたまに、カクさんは裏町まで来て、私に会いに来てくれたっけ。そういえば、彼との出会いもこの酒場。ルッチさんとたまに来てたよね。

──あぁ、また思い出してしまった。私はそれを打ち消すように頭をぶんぶん横に振る。


「来てみたらどうだ?」
「パウリーが一番ドッグにいるときなんざ、ギャラリーにあいつのファンが沢山いるぞ!」


タイルストンさんはまたがははと笑い声をあげていて。やっぱりパウリーさんは女性に人気あるんだ。私にはわからない。勝手に家に入ってきて、しかも勝手にコーヒーを飲み、今では追われていると当たり前のように家に来るような人のどこがいいのか。


「パウリーさんってそんな人気なんですね」
「あぁ。 副社長になってから一気に女性ファン増えたな」
「へぇ……」


ルルさんの言葉に興味がないような薄い相づちを打つ。確か、以前タイルストンさんがパウリーさんは女性の免疫がないと言っていた。そして、いつも借金取りから逃げているが、本人曰く女性ファンからも逃げているとか。

なら、何故私は平気なんだ? ……女に見られていないのか。

そんな事を考え、自分では気が付かないところで少しだけもやもやしていた。