一輪の小さな薔薇 | ナノ

07


「……またですか」
「まぁ、気にすんな」
「気にしますよ!!」


パウリーさんが勝手に家に入り込んだ日から数日が経った。あれから借金取りに追われれば、必ず私の家に逃げ込んでくるようになってしまった。以前、この家に入れば逃げきれると言っていたが、その場しのぎの言い訳かと思っていた。

そして今日も逃げ込んできて、私が淹れたコーヒーをイスに座りながら飲んでいる。なんだかもう呆れて怒る気も失せてきた。きっと何を言ってもまた逃げ込んでくるだろう。これに関しては諦めるしかないのだろうか。てか、この人がガレーラカンパニーの副社長とは信じられない。


「……はぁ」


ため息をつきながらも、パウリーさんの向かいのイスに座りコーヒーを飲む。コーヒーの香りはやっぱりいいもので、気持ちが落ち着いてくる。それにしても、この一通りの流れが最近当たり前になっている。しかも普通にコーヒー飲みながら、他愛のない会話をする間柄になってしまっているし。


「何だよ、ため息ついて」
「こんなところにいて良いんですか?」
「ん?」
「仕事ですよ。 ガレーラカンパニーの副社長なのにこんなところにいて良いんですか?」


毎日来るパウリーさんに対してその事が一番気がかりだった。きっと副社長だから、仕事も多いハズなのに。そう思っていたが、パウリーさんは特に表情ひとつ変えず、コーヒーを一口飲んで「やることはやってる」と一言呟いた。


「……アイスバーグさんも大変ですね」
「な、何でだよ」
「パウリーさんが副社長だからです。 それにまだ秘書は決まってないんですよね」
「あぁ。 あっ、お前秘書やったらどうだ?」
「無理ですよ!」


突然そんな事を言われ、反論する。私なんかが秘書なんて出来ないよ。カリファさんみたいに優秀じゃないんだから。と彼女の事を思い出せば自然と彼の事も思い出してしまい、自然と目線はペーパーウェイトへと向いてしまう。ここ一ヶ月で完全に癖になってしまった。元気だろうか、今どこにいるんだろうか。とそんなことを考えてしまう。


「おい」
「あっ、はい。 何ですか?」


パウリーさんの声で我に返り、目線をペーパーウェイトから彼に向ければ怪訝な顔を浮かべていて。そしてあの薔薇のペーパーウェイトの事を聞いてきた。私が触らないでと言ったときは、申し訳ないと思ったのか、深くは聞いてこなかった。


「何でそんな悲しい顔するんだ? 好きなやつから貰ったもんなんだろ?」
「はい。 でももうその人とは二度と会えないんです」
「亡くなったのか?」
「いえ、亡くなってはいないです」


パウリーさんからの言葉に首を横に振る。そうだ、パウリーさんは彼とは知り合い、いや、同僚だったんだっけ。それに確か、キウイさん達がパウリーさんも彼らの正体を知っていると言っていたっけ。私も知っているからとても言いにくい。


「えっと……」
「オレの知ってるやつなのか?」
「えぇまぁ……」
「ルルか?」
「違います」
「まさか、フランキー?」
「いえ、全く違います。 少し前までパウリーさんと同じ職だったって言うか……」


フランキーさんの名前が出たときにはビックリしたが、その後の説明で何となくわかったのか、険しい顔になっていく。そうだよね、パウリーさんからしてみたら許せない相手だもんね。そして私は彼に拍車をかけるように言葉を続けた。


「名前を言っちゃうと、カクさんです」
「まぁ、大体予想はついた。 ルッチじゃねぇだろうと思ったしな」
「ごめんなさい、彼らの名前聞いて気分悪くしちゃいましたよね」
「お前、まさか……知ってんのか?」


私の言葉で、真相を知っていると気が付いたのか、驚いていて。パウリーさん達は皆に隠していたようだから驚くのは当然だろう。


「はい、カクさん本人に聞きました」
「なッ!! じゃあ、事件起きる前には知ってたのかよ!」


ダンッとテーブルに手をついて身を乗り出しながらも聞いてくるパウリーさんに少しばかり驚いてしまった。事件起きる前に知っていたら、真っ先にアイスバーグさんに話してるよ。


「後ですよ。 ルフィさん達がエニエス・ロビーから戻ってきてここに滞在中に、一度だけ別の島で会ったんです。その時に全部説明されました」


麦わら一味がいる間、私は春の女王の町"セント・ポプラ"に買い物しに行った際にカクさんに会い、全てを説明されたときはショックだった。しかも本人からもう二度と会わないから忘れてくれとハッキリと言われてしまったのだ。その時はショックが大きすぎて涙は出なかったけど帰ってきてからずっと泣いていたのを覚えている。


「そうか……」
「私が彼らに会った事は誰にも言わないでくださいね」
「あぁ」


私のお願いに返事をするも、パウリーさんは悲しい表情を浮かべている。私が彼らの事を話したせいだ。そう思うととても申し訳なくなってくる。やっぱり、話さなければよかったかな。きっと彼は私といると嫌なことを思い出してしまうかもしれない。


「パウリーさん、あの……もうここへは来ないでください」
「あ? 何でだ」
「私のところへ来ると嫌な事思い出しちゃいますよ」
「……」


それは私なりの彼への気遣いだった。だが彼は私の言葉を聞いた瞬間、黙り込んでしまって。どうしたのかと思っていれば、徐に立ち上がり、チェストの上に飾ってあった薔薇のペーパーウェイトを手に取った。
何をするのかと思った瞬間──…。

ペーパーウェイトはパウリーさんの手からスルリと滑り落ち、パリンと音をたてて割れ、床に散らばった。何が起きたのかすぐには理解できず、割れたペーパーウェイトを唖然としたまま見つめていればパウリーさんが口を開いた。


「これでお前も吹っ切れるんじゃねぇか?」


真剣な表情で、私の顔を真っ直ぐに見て言ってきて。何故だろう。以前は触れようとしただけで焦っていたのに、割れてしまったら怒る気がおきない。このペーパーウェイトが気持ちの枷になっていたのだろうか。


「……ありがとう」


私はパウリーさんに微笑みながらもお礼を言った。