一輪の小さな薔薇 | ナノ

06


「今日こそは金返せー!!」
「だから、今は金がねぇんだよ!!」


今日も街へ出たら、借金取りに見つかり、女の追っかけに見つかり逃げ回っている。そして中心街から裏町へ逃げ、またあいつの家の前に来ていた。昨日もそうだったが、今日も入れてくれる保証なんかない。なのに何故、またオレは。入れてはもらえないとわかっていてもノックをしてしまう。


「はい」


ノックをして数秒後にガチャと扉が開き、ナマエと目が合うととても嫌そうな顔をされた。だが、そんな顔をされようがへこたれず「隠れさせてくれ」とまた両手を合わせてお願いをしながらも続ける。


「丁度、この家に隠れると逃げきれるんだよ! だからオレを助けると思って!」
「……わかりましたよ」


適当に思い付いた言い訳をすると、渋い顔をしながらもオレを家へと入れてくれた。急いで入り、扉を閉めたのと同時に外では借金取りと追っかけがナマエの家の前を通り過ぎていく。もう少し遅かったら、逃げきれてなかった。危ねぇ。


「助かった」
「何で借金なんかしてるんですか」


今日もあいつらから逃げきり、窓を覗き込みながらホッとひと安心していればナマエから怪訝な表情で質問をされた。オレはギャンブルが好きだと言う事を話せば、盛大にため息をつかれてしまった。

何で、こいつにため息をつかれなきゃいけないんだ。ナマエには関係ねぇのに。……あ、隠れさせてもらってるから、関係なくはないか。なんて考えていればテーブルの上にコーヒーが入ったマグカップが置かれて。ナマエを見れば片手にはマグカップを持っている。オレにって事か?


「どうぞ」
「あぁ、悪ぃな」
「また勝手に飲まれても嫌だったので」
「……ッ!! コーヒー勝手に飲んだ事気にしてたのかよ……」


オレの言葉に返事を返さないナマエは窓際に行き、自分のコーヒーを飲みながら外をまた悲しげな顔で眺めていた。何だかその姿が魅力的で、つい見惚れてしまう。

そんな彼女の悲しげな顔を見て、あのペーパーウェイトを思い出し、チェストの上に置いてあるのを見つけた。これか、とコーヒー片手に持ちながら近付き、手に取ろうとするが、直前でそれをナマエが両手で取り、オレから隠すように手の中にしまった。


「さ、触らないで!! 落として割れたらどうするんですか!!」
「わ、悪い」


ちょっと触ろうとしただけなのに、ここまで必死になるとは思わなくて。それにまた……。また悲しげな顔をしている。そしてペーパーウェイトを、……それにある思い出を守るように大事に抱えている。そんな顔をするのに、何で大事にしてんだ。


「大事なもんなのか?」


オレは何を聞いているんだ、と思いながらも、どんな思い出があるのか。何故そんな悲しい顔をしているのかとても気になっていた。


「……想っていた人からの贈り物です」
「好きなやついるのか」


オレの言葉に目を逸らしながら、コクリと頷く。"想っていた人"……叶わなかった恋で今でも引きずってるのか。オレには好きなやつなんかいないから、今のこいつの気持ちはわからない。悲しい顔で贈り物を眺めるナマエに何も言えなくなり、オレは「ご馳走さん」と言い残して、ナマエの家を出ていった。

だが、気がつけば自然と次の日もまた次の日も追われる度にナマエの家へと向かい、居れば隠れさせてもらい、居なければまた街中を逃げ回ることを繰り返していた。