一輪の小さな薔薇 | ナノ

05


翌日、私はいつもより遅く起き、リビングで一昨日買った本を読んでいた。大丈夫、今日はしっかり鍵をかけてある。勝手に入ってくる人はもういない。それに昨日"もう勝手に入ったりしねぇから"とパウリーさんは言っていた。そして今日は酒場は定休日な為、仕事は休み。久しぶりにゆっくりした休日。


「待てー!!」
「パウリー!!」


まったり本を読んでいると、また今日も外から騒がしい声が聞こえてきて。本当に毎日毎日飽きないもんだな。心の中でまた呆れつつも、もう来ないとわかっていたから私は気にせず本にを読んでいた。

だが、私の考えは甘かった──…。


「おいッ!!」


私の家の窓の外からパウリーさんの叫ぶ声と扉を叩く音が聞こえてくる。ダンッダンッと正直うるさいが、私は気が付かないフリをし続けた。しばらくすると、借金取り達が追い付いてきたのか、私の家から逃げていったらしくまた静けさが戻る。

そして、どのくらい経っただろうか。本を読み終え、中心街に買い物にでも行こうかと支度をしていたら家の扉がノックされた。支度を中断し、誰だろうと思いつつも扉を開ければ、そこにはしかめっ面のパウリーさんがいて。今日は葉巻をくわえてはいなかった。


「なんですか?」
「さっき、何で開けなかったんだよ。 そこにいただろ」


しかめっ面のまま聞いてくるパウリーさん。だが、そんな事私には関係ない。それに昨日もう入らないと言っていたじゃないか。その事を伝え、だから開けなかったと言えばとんでもない言葉が返ってきた。


「"勝手に入ったりしねぇ"とは言った。 "勝手に"。 だが、今日はちゃんとノックしただろ」
「なっ……」


その言葉に私は唖然とするしかなくて。な、なんなんだ……ホントにもう!! 自分勝手で最低すぎ!!どれだけ必死で借金取りから逃げているんだ。追われたくなきゃ返せばいいだけの話なのに。


「……用はそれだけですか?」
「え? あ、あぁ」
「そうですか。 それでは」
「あっ、おい!!」


パウリーさんに引き留められる前に扉をバタンッと閉め、鍵もかけた。外からは彼の声が聞こえていて、また扉をドンドン叩いている。聞く耳持たなかった私に対してまだ不満があるらしい。でも関係ない。私は気にせず、出掛ける支度を始めようと思えば、チェストの上に飾ってある彼からプレゼントされたガラス製の薔薇のペーパーウェイトに目が行く。

パウリーさんはとんでもない人だ。あの人とは大違い。


「はぁ……」


彼の事を思えば思うほど、深いため息が出て、存在が大きくなっていく。そっとペーパーウェイトを落とさないよう手に取れば、彼との楽しかった思い出が頭を過る。


「忘れるのに捨てた方がいいのかな。 でもこれキレイなんだよなぁ」


持っているペーパーウェイトを窓から日差しに当てると、ガラスの中で光が屈折し輝いていてとてもキレイ。そのキレイなペーパーウェイトを私はしばらく、見惚れていた。





*   *






「あいつッ……」


いつものように借金取りから逃げ切った後、オレはしっかりノックしたのにも関わらず入れてくれなかったナマエの家に行ったが、聞く耳持たなかった。助けると思って入れてくれてもいいだろッ!

イラつきながらもガレーラの本社へ向かっていると花屋の前を通りかかり、店の前には薔薇が並んでいた。そういえば、一昨日ナマエの家に間違えて入った後、借金取りから逃げている最中にあいつを見かけたっけ。確かその時、この薔薇見てたな。それにさっきも……。あれは薔薇のペーパーウェイトだった。

門前払いされた後、窓から中を観たらあいつはペーパーウェイトを悲しげな顔で眺めていた。さっきからその顔がずっと離れなくなっている。

薔薇が好きなのかと思ったが、その顔を見るからにそうとは思えない。なら、悲しい思い出でもあるのか。若しくは、あいつが持っていたペーパーウェイトに何か思い出があるのか。


「って、なに考えてんだ!! オレはッ!」


独り言がつい、声に出てしまい周りにいた人達が驚いているが気にしない。何故かオレはあいつのあの悲しげな顔が気になって仕方ねぇ。なんでこんな気になるんだ。

モヤモヤした気持ちを消そうと葉巻を取りだし、火をつけ、ふかす。しかし、モヤモヤはなかなか消えてはきれなくて。


「はぁ……」


ため息をつけば、一緒に煙も出てきて。今日、ルル達でも飲みに誘うかと考えつつ、オレは本社へと向かった。