一輪の小さな薔薇 | ナノ

01


水の都"ウォータセブン"に毎年来るアクア・ラグナが来てから……。そして麦わら一味がここを出航してから一ヶ月が経った晴天の朝。裏町に住む私の家の周辺はいつも静かな朝を迎える、のだが今日だけは違った。


「こらー!! 逃げるな!!」
「待てー!!」


何やら外がとても騒がしい。一体何があったというんだ。そう思いつつもまだベッドに入っている私は眠かった為、耳を塞ぐように更にベッドに潜り込む。

しかし、二度寝を決め込もうと、うとうとしていた時だった。家の扉がバタンと勢いよく閉まる音がして、一気に眠気が吹っ飛んだ。今、扉が閉まる音した。確かに聞こえた。この家に勝手に入ってくるような親しい人は私にはいない。

……じゃあ誰? 泥棒? いや、こんな朝から泥棒はないか。とそんな考えを巡らせながらもベッドから降り、そっと足音を立てず、恐る恐る寝室の扉に近づき、ドアノブに手をかける。もし変質者だったどうしよう。そんな事も考えてしまったもんだから、怖さでバクバクと鼓動が早くなっていく。

そして、ドアノブをゆっくりと捻り、音を立てないよう扉を少しだけ開けてリビングを覗き込む。


「ったく、あいつら……しつこいな」


私の玄関の扉の前には、スーツを着ているのに頭にはゴーグルという変わったファッションをしている男がいて。その男は葉巻を加えながら玄関戸の横にある窓から外を見ていた。 だ、誰!!?

一瞬、そう思ったが私はこの男を知っている。知り合いとかではないが、恐らく彼はここ"ウォーターセブン"では有名人だ。確かガレーラカンパニーの副社長……パウリー。


「……!!」


彼の正体に気が付いても尚、扉から覗き込むように見ていたら視線を感じたのか、彼は振り向き目が合ってしまった。しかし、人違いだったら大変だ。そう思い、私は怖がる様子を見せながらも「誰ですか?」と尋ねた。うん、念のためだ、もし人違いで安易に近づいて何かあっても危ない。


「あっ、いや……こ、これは違うんだ!!」


だが、彼から出た言葉は否定する言葉で。しかも両手を振りながらも慌てて「違う、誤解だ!!」と騒ぎだしてしまった。一体何が違うんだ。私は"誰ですか?"と聞いたはずなのに。私の言葉は聞こえていなかったんだろうか。……いや、確かに彼に聞こえるような声量で言ったはず。


「パウリー!! どこ行きやがった!」
「パウリー様ぁ!」


急に慌て始めた彼に唖然としていれば、外からは男の声と一緒に黄色い声も聞こえてきて。彼はその声を聞いた瞬間慌てて、隠れるように身を屈めた。……あぁ、成る程。この行動でなんとなくわかった。この人は外の人達に追われて咄嗟に私の家に逃げ込んだんだと。

というか、私は昨日鍵をかけずに眠ってしまったらしい。あのまま二度寝をしていたらと思うと、背筋がゾッとした。彼が来てくれなかったら気が付かなかった。よかった。……いや、よくないな。


「あ、あの……」


外からの声が聞こえなくなったのを確認した彼はスッと立ち上がり、私は警戒しながらも寝室の扉を開け、リビングへと入っていく。そしてもう一度、先ほどと同じ「誰ですか?」という質問をしてみた。


「……んなっ!! な、な、な、なんて格好してんだ!! お前!!」
「え?」


またしても私の質問は無視をされ、私の格好を見るなり急に顔を真っ赤にしながらも怒鳴ってきて。その突然すぎる行動にまた唖然としてしまう。確かに服装は寝巻きのままだ。だからといって、勝手に入ってきたのはそっちなのに。なぜ私は怒られなきゃいけないんだ。


「いや、ここ私の家だし。 というか、早く出ていってください!」


そう言いながらも、玄関戸を開けようと近づくも「来るな!」やら「近寄るな!」と騒がれる始末。何をそんなに真っ赤にしながら騒ぐのかと自分の服を見てみれば、寝巻きのボタンの上からの二ヶ所が外れてバッチリ谷間が見えていた。普段から露出高い服なんて着ない私からしてみれば大事件で。頭が真っ白になっていく。知らない男に見られた。恥ずかしさでだんだんと身体中が熱くなっていく。


「き、……きゃああああ!!」
「ぐふっ!」


恥ずかしさで悲鳴と共に彼の顔面を思いきり殴ってしまった。うん、きっとこれは正当防衛。と自分に言い聞かせながらも涙目になりつつ、胸元を隠しながら彼から離れる。


「いってぇ……」
「へ、変態!! 変態!!」
「だから、言っただろ!」


少し鼻血を出しながらも、私を見ずに怒鳴ってくる彼。勝手に家に入ってきた男に谷間を見られ、挙げ句に怒鳴られる、……もう訳がわからない。


「あ、貴方……ガレーラカンパニーの副社長 パウリーさん……でしょ?」


今の状況に混乱しつつも質問すれば、彼は「あ? あぁ」と素っ気なく返事をしてくる。私が離れ、胸元を隠したことで冷静さを取り戻したらしい。

そして彼は「悪かったな」と言い、外の様子を確認しながらも出ていった。部屋には彼がくわえていた葉巻の匂いだけが残る。

これが、私と彼との最悪の出会いになった。