一輪の小さな薔薇 | ナノ

16


「よしっ! 今日は前回より多めに作れた!」


今日もまたルルさん達に差し入れを持っていこうと、お弁当を作り、手提げに入れた私は家を出た。上を見上げれば、空は晴れていて雲一つない。今日は雨は大丈夫どうだな。と思いつつも中心街へと向かった。

しかし、しばらく歩いているとだんだん後ろが騒がしくなってきて。何かと思い、振り向こうとすれば突然体がフワリと浮いた。突然の事で声すら出なくて、どうやら誰かに抱えられているようだった。急いで顔をあげればそれはパウリーさんで。彼は私を脇に抱えながら、葉巻をくわえ、必死の表情で走っている。


「パ、パウリーさん!?」
「なんだッ!!」
「なんだって、……こっちがなんだ!ですよ!」
「うるせェな! 知らない男に抱えられてるんじゃねぇんだから」


彼のその言葉でやはり私は女として見られていないのかと実感し、胸がキュッと苦しくなる。──まただ、また変な感じが。胸の苦しさに顔を歪ましていると後ろから「金返せ!」と声をあげる借金取りの方々の声が聞こえてきてまた逃げている最中かと理解した。が、特に何も考えずに後ろを振り向けば追いかける借金取りに混じった女性ファンが私をとても恐ろしい顔で睨んでいて。こ、怖いッ!!見なきゃよかった!!


「パウリーさん、後ろの人たち怖い」
「あぁ? じゃあ見なきゃ良いだろ」
「視線がすごく痛い」


前を向いたが、あの目で今も見られていると思うと身震いしてしまう。とにかくここから早く逃げたい。それに差し入れも持っていかなきゃいけないし。


「パウリーさん、一番ドッグまでお願いします。 ルルさん達に差し入れ持っていきたいんで」
「オレはタクシーじゃねぇ!」
「じゃあ、下ろしてくださいよ」
「……ちょっと待ってろ。 あいつら撒いたら連れてってやるから」


"タクシーじゃねぇ!"とか言いつつも、結局連れていってくれる様子のパウリーさん。何だかんだ言って優しい部分もあるんだよね。そんな彼に私は笑みを溢していた。


そしてこの後、私はパウリーさんに抱えられたまま走り回られ、ようやく一番ドッグに到着した。一番ドッグに着く頃にはパウリーさんはうなだれながらも息が上がっていて。


「お疲れさまです」
「お前ッ……涼しい顔しやがって」
「そんなこと言われましても」


深呼吸をしながらも息を整えるパウリーさんを涼しい顔で見ていればそんなことを言われてしまった。勝手に私を抱えて走ってたのに、何を今更言ってるんだ。ようやく呼吸が落ち着いてきたのか、私の手提げをひょいと取られてしまった。


「あぁ、ちょっと!」
「これ、差し入れなんだろ?」
「はい」
「オレが渡してやるよ」


手提げの中身を覗き込みながらも言ってくるパウリーさん。自分から渡したかったけど、まぁパウリーさんが渡してくれるならお願いしようかな。ちょっと買い物もしたかったし。


「じゃあ、お願いします」
「あぁ」
「それじゃ、私はこれで」


差し入れを彼に頼み、頭を下げれば、パウリーさんは「おう」と片手をあげて、一番ドッグへ向かおうとしていたため、私は商店街にでも行こうと踵を返した時、二人の人物が目に止まった。


「ナマエとパウリー、一緒にいたのか」
「こんにちは」


それはアイスバーグさんとルルさんで。パウリーさんが持っていた手提げを見て、私の差し入れかと思ったのか「また作ってきてくれたのか?」と言われた。


「はい、前回より多めに作りました!」
「ンマー。 また悪いな! ナマエの差し入れはあいつらに好評だったぞ」
「こんなものでよければまた作りますよ」


アイスバーグさんに笑顔で答えれば、優しく頭を撫でてくれる。そして私は買い物がしたかった為「それじゃ」とまた立ち去ろうと思えば「寄っていかないのか?」とアイスバーグさんに寄っていけと言わんばかりの顔で言われてしまった。でも、買い物して家で本読みたいんだよなぁ。


「すみません、ちょっと今日買い物もあるので」


断れば、ルルさんは「そうか」と小さく呟いたかと思えば、手提げを片手で大雑把に持ちながらも葉巻をふかすパウリーさんに目を向けた。そして彼の名前を呼ぶが、当の本人はルルさんの呼び掛けには答えず明後日の方向を見ながらも、少し顔を赤らめていて。


「おい、パウリー!」
「……ッ」
「おい!」


二人の様子を見るからに、何だかルルさんはパウリーさんに何かを急かしているように見える。そんな二人がよくわからず、小首を傾げていればルルさんは今度はアイスバーグさんに話しかけ始める。


「アイスバーグさん。 明日パウリーは確か仕事休みですよね」
「ンマー。 そうだな」
「ア、アイスバーグさん!」



アイスバーグさんが加わり余計何をしているのかわからない。パウリーさんは何かでからかわれているようだが、本当によくわからない。なので、私はその場から立ち去ろうと「私行きますね」と言えば、ルルさんに「ちょっと待ってくれ」と引き止められてしまう始末。


「なんですか?」
「パウリーがなにか言いたいそうだ」
「お、おい」
「パウリーさん何ですか?」
「いやッ、そのだな。 あ、明日……」


何の用件か尋ねると、昨日のように顔を赤くしつつそわそわし始め、後頭部を掻いたり、しどろもどろにまったりと。明日が何なのか、また首を傾げるしかなくて。


「明日?」
「あ、明日……で、で、、」
「ん?」
「で、出掛けるぞッ! だから、予定空けとけッ!!」


しどろもどろになっていると思いきや、突然怒鳴られ体がビクッと跳ねてしまった。何でそんな怒鳴られなきゃいけないんだ。だが、明らかに様子が変な彼に唖然としてしまう。パウリーさんのその言葉を聞いたルルさんとアイスバーグさんははぁ、とため息をついていて。


「お前はデートと言えないのか? 出掛けるとデートは意味合いがまた違ってくるんだぞ」
「デート……?」


ルルさんの言葉で、"で、で、、"から始まるものは本当は"デート"だったらしい。ルルさんに突っ込まれ、更に顔を赤くしているパウリーさん。まさか、……パウリーさんからデートのお誘い。そう思った途端、鼓動がバクバクと早まっていく。


「ナマエ?」
「……ッえ、ッあ」
「どうした?」
「い、いえ」


突然のデートのお誘いされ、ボォーッとしてしまっていたらしく、アイスバーグさんに声をかけられ、割れに返った。でもドキドキしてパウリーさんの顔を直視できない。私は彼から目を逸らしたまま、顔が熱くなるのを感じつつ「明日、予定空けておきます」と言い放ち、走ってその場から立ち去った。