一輪の小さな薔薇 | ナノ

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今日発売された本を手にいれられ、浮き足で帰り、家に近づくと扉の前にはちょうどノックをしているパウリーさんの姿を見つけた。その姿を見て、私は自然と駆け足になり悪戯心で「パウリーさん!」と少し脅かそうと声を掛けてみた。


「あぁ、出掛けてたのか」
「……はい! 欲しい本があったので」


しかし様子をみるからに、驚きはしなかった。少し残念がりながらも本が入った紙袋を見せてから、家の鍵を開け、扉を開ける。そしてきっと今日もコーヒーだけを飲みに来たんだろうと「コーヒー淹れますよ?」と声をかければ彼は「悪いな」と言いつつも当たり前のように入ってくる。

そしていつものようにパウリーさんはイスに座り、葉巻をふかし、私は二人分のコーヒーをいれ、彼の前にと自分の前に置く。早速買ってきた本を読もうかと思い、袋から取り出すも家に来てからパウリーさんの様子がなんだかおかしい。葉巻をふかしてるかと思えば、部屋をキョロキョロ見回してみたり、後頭部をボリボリ掻いてみたり。

とても気になるが、私は早く本が読みたかったため気にしない事にした。


「なぁ、ナマエ」
「何ですかー?」


読み始めようと思った矢先、名前を呼ばれ仕方なく顔を上げて、本を片手に淹れたてのコーヒーに口をつける。するとパウリーさんは気恥ずかしそうに口を開いた。


「あの、だな……まだ、良い奴探してる……のか?」
「え? あぁ、いや……だから探してませんって。 まぁいい人いれば良いですけど」
「そうか……オレがいい人紹介してやるよ。 だからその……それまでは男作るなよ」
「…………え? 何でですか?」


しどろもどろに言うパウリーさんに怪訝な顔を向けると「良いからそうしろ」と怒鳴られる始末。そして彼はそっぽを向いたかと思えばポケットから小さめの紙袋を取りだし、私に渡してきて。「何ですか、これ」と危機ながらも紙袋を受けとれば、中には何やら固いものが入っているようだった。

私の質問には答えず、ずっとそっぽを向いたままのパウリーさんを気にせず、袋を開けて取り出してみれば、それは一輪の小さな薔薇が入った、おしゃれなガラスの小瓶だった。その小瓶は手のひらサイズで中には水のような液体が入っていて薔薇は何かで特殊加工されている生花だった。

突然の彼からのプレゼントはとてもキレイなもので、とても嬉しかった。


「すごい……キレイ」


小瓶を部屋に差し込んでいる日に翳せばキラキラと輝いていて。いつの間にかその小瓶に見惚れていて、自然と笑みが零れていた。


「前に……ペーパーウェイト壊しちまっただろ? そ、その詫びだ」
「気にしなくていいって、言ったのに。 でもありがとうございます! すごくキレイで嬉しいです!! 大切にしますね」


笑顔で言い返すと、パウリーさんは顔を赤らめ「あぁ」と素っ気なく返事し、コーヒーを残したままそそくさと家を出ていってしまって。だが、私は特に気にせず小瓶に見惚れていた。薔薇はあの人を連想させる花だったが、この小瓶はそんなことを忘れさせるほどキレイだ。


「赤い薔薇……」


ふと、昨日花屋で聞いた薔薇の花言葉を思い出す。"愛情" "情熱" "猛烈な恋"。まさか、パウリーさんは私の事を? そう考えた途端、顔が一気に熱くなるのがわかった。小瓶をテーブルへ置き、両手のひらを熱くなった頬に当てる。


「……まさかね。 き、きっと私が薔薇好きだと思って買ってくれたんだよね。 ペーパーウェイトのお詫びだって言ってたし」


自分に言い聞かせれば、徐々に顔の熱が引いていくのがわかる。だがペーパーウェイトを思い出し、目の前にある小瓶を比べ、最近カクさんの事は思い出さず、パウリーさんの事をよく考えていることに気がついた。

そして彼の事を考えている最中は、心臓がドクンと跳ねたり、キュッと苦しくなったりする。なぜだろう、毎日会うからだろうと考えたが、会わなかった日はとても落ち着かずもやもやした。


「なんだろう、この感じ」


この気持ちが何なのかわからない。そのせいで余計もやもやするが、彼からもらった小瓶はその気持ちを打ち消すほどキレイで輝いている。


「だけど、いい人紹介するって……誰だろ」


さっきのパウリーさんの言葉を思い出す。別に今は彼氏とかいらないのに、パウリーさんやルルさん達の周りにはそういう話が出回っている。それにパウリーさんの知り合いを紹介されたくはなかった。断ろうとも考えたが、彼の親切心を踏みにじりたくはない。

そのことはパウリーさんに任せようと考えつつ、彼からもらった小瓶は寝室の窓際に飾った。