一輪の小さな薔薇 | ナノ

14


お昼過ぎ。私はお昼ご飯を食べ、いつものように読書をしていた。のだが、さっきから外が気になって、気になって仕方ない。とても静かな裏町、それが当たり前なのに。


「今日は来ないのかな」


ぽつりと呟いた独り言に返してくれる人は今はいない。いつもならもう来る頃なのに。毎日来ていたのに、追われていなくても来ていたのに、今日はなぜかパウリーさんはまだ来ていない。たった一人、騒がしい人が来ないだけでこんなにも落ち着かないなんて。


「……買い物にでも行こうかな」


小さな声で言うも、誰も拾ってはくれず虚しく消えていった。




買い物しようと出てきたものの、特に買いたいものはなく、裏町の商店街をぶらぶら歩く。適当に歩いていれば花屋のお姉さんに「ナマエちゃん!」と声をかけられ、足を止めた。そして今日も店の前に薔薇が並んでいて。


「こんにちは」
「ナマエちゃんって、薔薇好き?」
「え?」
「この前、この薔薇見てたから」


お姉さんが店先にある薔薇に目線を向け、つられて私もその薔薇に目を向ける。花弁や茎に一切の傷はなく、真紅色の薔薇はとてもキレイだった。キレイでつい見惚れてしまうほど。そして私がそのキレイな真っ赤な薔薇に見惚れていれば、店の中から小さな薄紅色の薔薇が入った鉢植えを持ってきた。


「すごい」
「昨日入ってきたんだけど、小さくて可愛いでしょ」
「可愛いし、ピンク色もキレイですね!」
「でしょ! ピンクの薔薇の花言葉って知ってる?」
「いえ、」
「"満足" "輝かしい"。 あと"愛を持つ" "一時の感銘"……薔薇の色によっても意味が違ってくるのよ」
「へぇ……」


薔薇の花言葉か。今まで考えたことなかった。しかも色でもまた違うなんて。お姉さんが持つピンクの薔薇から足元にある赤い薔薇へと目を向ける。赤い薔薇は何だろう。そう思ったとき、お姉さんは私の考えを読んだかのように「赤い薔薇の花言葉は知ってる?」と聞いてきて。


「知らないです」
「"愛情" "情熱" "猛烈な恋"よ。 まぁ、たまにその花言葉を知らないで買っていく男性のお客さんいるのよね」


頬に手のひらを当て、はぁ、とため息をつくお姉さん。知らないで薔薇の花を買っていく男性か。私にはそんな人いない。

そう考えたら、自然と深いため息が零れてしまった。





*   *






夜になり、酒場で仕事をしながらも昼間聞いた花言葉の事を考えていた。赤い薔薇は愛情か。もし誰かから赤い薔薇をもらったらそう思って良いのかな。あ、いやでもお姉さんが知らないで買っていく人いるって言ってたっけ。まぁそもそもくれる人なんていないか。

考え込みすぎないよう、店内を動き回っていれば店の扉が開き、来店してきたのはルルさん達で。


「あっ! いらっしゃい!」
「よぉ! 今日は珍客連れてきたぞ!」


先にルルさんが入ってきてその後ろにタイルストンさんが「だはは!」と楽しそうに笑いながら入ってきたが、彼の大きい体のせいで後ろにいる珍客とやらはすぐに見えなかった。


「あっ!!」
「ほら、早く入れ!」


ようやく見えたかと思えばそれは昼間見かけなかったパウリーさんだった。昼間会えてなかったせいか何だか嬉しくなってくる。だが、パウリーさんは気恥ずかしそうにしていて、私が駆け寄り「来てくれたんですね!」と笑顔で言うも素っ気なく返され、一切目を合わせてくれない。


「ビール三つでいいですか?」
「あぁ、頼む」


注文を取り、カウンターへビールを取りに行き、また彼らの元へ持っていく。しかし、ルルさん達はいつもの楽しそうな感じはなく、何やら真剣な話をしていて。ビールをテーブルへ置くと、いつもなら話しかけてくれるのに今日は三人でこそこそと話し込んでいる。普段、お客さんの話は聞かないようにしている為、私は直ぐ様その場を離れた。


「ナマエちゃ〜ん」
「はい」


あるテーブルへ料理を持っていくと、へべれけになっているお客さんに絡まれ肩を抱かれ、引き寄せられてしまう。あぁ、この人はまたか。


「オレを慰めてくれよ〜。 女房がよぉ」
「はい、はい」
「最近冷たくてさー」
「そうなんですね、大変ですね」
「そうなんだよ! 大変なんだよ!! だからナマエちゃん〜」


このお客さんは飲みすぎると誰振り構わず絡む癖があるようで、いつも捕まっていた私は慣れていたため軽くあしらう。だが、今日はいつも以上に飲んでいるようで、かなりお酒臭かった。うぅ、キツい。

そう思っていたら、顔に出ていたのか連れが慌てて私から剥がし謝ってきてくれる。


「ナマエちゃん、ごめんね! こいつ連れて帰るよ! 会計お願い出来る?」
「わかりました」


連れの人は慌てて会計を済まし、へべれけになった人を抱えて帰っていった。そんな彼らを見送った私はつい、はぁ、とため息が零れてしまう。いつもの事だから慣れているはずなのに、酔っぱらいの相手は大変だ。なんて酒場で働いてる人がそんなこと思っちゃダメか。

そんな事を考えながらも、彼らがいたテーブルを片付けてカウンターへ行こうと思えば、パウリーさんに呼び止められた。


「はい?」
「なんだ、さっきの客は」


そう聞いてくるパウリーさんの顔は眉間にシワが寄っていて、なんだかとても不機嫌そうだった。どうやら、さっきのやりとりを聞いていたらしい。自分が絡まれたわけじゃないのにどうしたんだろ。


「さっきの客は飲みすぎるとあぁなるからな。 なぁ、ナマエ」
「はい。 それに酒場で働いていればそんなこともありますよ」


私の言葉でパウリーさんは更に不機嫌そうな顔をし、葉巻をふかし黙り込んでしまった。なぜそんな顔をするのか気になりつつも、私はまた仕事に取りかかった。