一輪の小さな薔薇 | ナノ

11


大雨が降りだし、パウリーさんに手を引かれて連れてこられたのは、新しく出来たガレーラカンパニー本社。初めて入る建物に私なんかが来て良いのか、と不安になりつつもまだ手を離すことない彼に連れて行かれる。

体は濡れていて寒いのに掴まれている腕はとても熱い。久しぶりに触れる男の人の、しかも職人さんの手はとても大きく感じた。


「あ、あの……」
「入れ」


そして来たのは、副社長室。恐縮しながらも入れば奥の中央にデスクがあり、何やら書類のようなものが散乱していた。室内を見渡していれば、どこから持ってきたのか「これで拭け」と乱暴にバサッとタオルを投げられる。「ありがとうございます」とお礼を言うも、全く目を合わせてはくれない。そんな彼を不思議に思いながらも水が滴るほど濡れてしまった髪を拭き始める。

だが、パウリーさんはタオルで拭くわけでもなく、濡れたジャケットを近くのイスの背もたれにかける。髪もジャケットの下に着てたとはいえワイシャツもまだ濡れてるのに、拭かないのかな。


「パウリーさんも拭かなきゃ風邪引きますよ?」
「オレは大丈夫だ」
「でも、……。 もう一枚タオル無いんですか?」
「大丈夫だって言ってんだろ! とにかくお前はそのタオルで体を隠せ!!」
「え?」


濡れたワイシャツのまま、イスに座り葉巻をふかし始めるパウリーさんにまたなぜか怒鳴られた。体がどうしたんだろうと自分の体を見れば、雨で下着が透けてしまっていて。その瞬間初めて会った時を思い出し、更に恥ずかしさが増していく。うわっ!!今日の服、これだったんだ! 見られた……?見られちゃったよね。恥ずかしすぎる。


「早く言ってくださいよ!!」
「言っただろ!!」
「分かりにくすぎます!! ほら、パウリーさんも拭いてください!」


新しいタオルの場所がわからないため、私は仕方なく自分が借りていたタオルを使い、彼を拭こうと近付けば「来るな!!」と怒られて。でも、私よりパウリーさんが風邪引いちゃったら大変だもんね。それに私の事女に見られてないのなら、気にしたってしょうがない!


「だからお前はその格好で来んな!!」
「大丈夫です! 私気にしませんから!」
「気にしろ!! 一応女だろ!!」
「えー、だってパウリーさん私の事、女として見てないんですよね?」
「は?」


完全に開き直った私を見て、その言葉を聞いて、唖然としているパウリーさん。その隙をついて、私はゴーグルを外し髪を拭き始める。


「って、おい!! 拭くなら後ろからにしろ!! 前にいたら目の置き場に困んだろ」
「はいはい。 そうやって文句言うなら自分で拭いてくださいよ」


そうは言うものの、自分で拭こうとはしないパウリーさんが何だか可愛くて。なんか甘えられてるみたいで面白いかも。彼の髪が乱れないよう拭きながらも私は微笑んでいた。


「何で、そう思ったんだよ」
「え? ……何の話ですか?」


大人しく拭かれていたかと思えば突然そんな事を聞いてきて。私はその意味がなんなのか、すぐには理解できなかった。だがパウリーさんは「さっきの"オレはお前を女として見てない"って話だ」と言われ、納得する。あぁ、その話か。急に聞いてくるもんだからかわりにくいよ。


「タイルストンさん言ってたんです。 パウリーさんは女の免疫がないって。 なのに私とはこうして普通に話してるし触れても大丈夫だし」
「……」
「普通に私の家に来てるし、普通にルルさん達と同じ感じで話してるから……女として見られてないのかなって」


私の言葉を黙って静かに聞いているパウリーさんは時折、ふぅーっと煙をはく。正直、パウリーさんの女の免疫がないってどんなもんだかは知らないけど、女として見てたらもう少し女性扱いしてくれると思うんだけど。あ、でも下着透けたときは慌ててたっけ。


「……オレに女として見て欲しいのか?」
「え? いや、そういう訳じゃ」
「ギャンブル好きで借金取りに追われてるようなやつはやめとけ」


女の免疫というものが、何だか良くわからなくなっていれば、急に自暴自棄になり、自分の事を悪く言い出したパウリーさん。そんな彼の姿に驚いてしまい、髪を拭く手が止まっていた。突然、そんな事言い出してどうしたんだろう。パウリーさんらしくないな。


「どうしたんですか?」
「あっ、いや……何でもねぇ。 それよりお前次の男探してんのか?」
「へ?」


どうしたのか、聞けば慌てて暗い雰囲気をかき消し、話題を変えてきて。それはタイルストンさんがふざけて言った内容だった。探してなくはないけど、いたらいいかなくらいだからなぁ。


「次の男って……別にカクさんとは付き合ってた訳じゃないですから」
「……探すのやめとけ。 お前みたいな暴力女はすぐ逃げられるぞ」
「酷ッ!! 私が殴ったのはパウリーさんが初めてです!!」
「じゃあ、ナマエに男出来たらそいつに教えてやるよ」
「それ、たち悪いです!」


また髪を拭き始める私をからかうように、ケラケラ笑うパウリーさん。それがなんだかイラッとして、仕返しと言わんばかりに髪のセットを乱すようワシャワシャと乱暴に拭いてやった。だが「お前ッ!止めろ!」とイスから立ち上がり逃げられてしまう。


「まぁ、私はパウリーさんみたいにモテモテじゃないですから、彼氏なんていつ出来ることやら」
「酒場の看板娘なんだろ?」
「あぁ、はい。 そうですけど、だからと言って出会いなんかないですし」


酒場の常連さんなんか顔馴染みすぎて恋愛に発展!なんて事はありえないし。と酒場の風景を思い出しながらもぐしゃぐしゃになった髪を適当に直すパウリーさんと話をしていれば部屋に日が差し込んできて。私はそれにつられるように窓に近付き、外を眺めた。


「雨上がりましたね!!」
「そうだな」


私の後から窓に来たパウリーさんと外を眺めていれば、虹が現れ、それはとてもキレイで気がつけば私は彼の部屋の窓で見入ってしまっていた。