一輪の小さな薔薇 | ナノ

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私の部屋にはジュ〜と卵を焼く音が響き、香りが立ち込める。"顔出しに来いよ"とルルさん達に言われたのを思い出し、今差し入れを作っている最中。

それにしても昨日はルルさん達の姿を見かけなかった。まぁ、必ず来るわけではないし。そんな事を考えながら、彼らはよく食べるだろうと思い、おにぎりやおかずを沢山作り、今自分が持っている一番大きいお弁当箱や包みに入れた。


「よしッ! 出来た!!」


おにぎりなどが入っているお弁当箱や包みを手提げに入れ、家を出る。今日は太陽は出ていなく、曇っていた。雨でも降りそうな雲行きだ。早めに渡して帰ってこよう、と思い足早に一番ドッグへと向かった。





*   *






一番ドッグへと着いたのだが、ギャラリーには誰もいなかった。沢山人がいる、って聞いてたんだけど。だが、目的はルルさん達に差し入れだ。とにかく彼らを探そうと"1"と書かれた大きな扉に繋がっている柵から中を覗き込む。中にはいろんな重機があり、トンテンカンと音が聞こえてくる。そして思ったより職人達が多かった。これは差し入れのお弁当足りなそうだ。


「ナマエ?」


中の様子を見入っていると、後ろから聞き覚えのある声がし、振り向けば葉巻をくわえたパウリーさんとアイスバーグさんが立っていて。私は二人に駆け寄った。


「パウリーさんとアイスバーグさん!! こんにちは!」
「ンマー。 ナマエ久しぶりだな」
「そうですね! また飲みに来てくださいね」
「そうだな、近いうち行くか」


アイスバーグさんにそう声をかければ、微笑みながらも言ってくれた。たまにあの酒場に来てくれていた、のだがあの事件があってからはまだ一度も来てはいなかった。きっと忙しいんだろうな。


「そういえば、ナマエは酒場で働いてるんだったな」
「はい」


パウリーさんには家でコーヒーを飲んでいるときに軽く話した程度。どこの酒場までは話してなかったっけ。そんな事を考えていればアイスバーグさんに「こんなところで何してるんだ?」と聞かれ、手提げを見せ、用件を伝えた。


「ルルさん達に差し入れをと思いまして」
「ナマエ、あいつらと知り合いだったのか!?」
「ッ!! ……あ、はい。 ルルさんとタイルストンさんは私の働いているお店の常連客ですよ」


パウリーさんの驚きように私が驚いてしまった。そっか、ルルさん達と知り合いだということも話してなかったっけ。そしてルルさん達が常連客だと知ると「じゃああいつらが言ってたのって……」と何やらブツブツと独り言を言い始めてしまった。とにかくパウリーさんは放っておいて、彼らの場所聞かなきゃ。


「今、ルルさん達って一番ドッグの中にいるんですか?」
「あぁ。 案内するからついてこい」
「え、私が入って良いんですか?」
「ンマー、オレがいるから平気だ」


そう言って、アイスバーグさんはまだ独り言を言っているパウリーさんに声をかけ、"1"と書かれた扉を開けて中へと入っていく。それに気がついた職人さん達が仕事をしながらもアイスバーグさんに声をかけていて。その後ろを私とパウリーさんが並んで歩く。


「おッ!! パウリーさんが女連れてるぞ!!」
「マジかよ! 明日は雪か!?」
「お前ら何勝手に言ってんだ!! 違ェよ!!」


職人さんにからかわれ、顔を真っ赤にしながらも怒鳴っているパウリーさん。それだけ彼はそういう事に無縁なんだろうか。だからって、そこまでムキになって否定しなくてもいいだろう。いくら私を女として見ていなくても──…。


「まぁまぁ、パウリーさん。 皆さん冗談なんですから」
「んなもん、わかってる」


顔を真っ赤にしたまま機嫌が悪そうにしているパウリーさんを宥めれば、そんなぶっきらぼうな返事が返ってくる。わかってるなら、気にしなきゃ良いのに。


「おッ!! ナマエちゃんじゃねぇか!!」
「こんにちは!」


パウリーさんの態度に呆れながらも歩いていれば、また別の方向から声をかけられて。振り向けば酒場の常連客だった。ルルさん達以外にも酒場に来てくれる船大工はいるため、笑顔で返事を返せば、隣から低い声で「あいつも来てるのか」と言ってきて。


「え? はい、そうですけど」
「……そうか」


それだけ言うとパウリーさんは私から目を逸らし、前を向いてしまった。おかしな様子のパウリーさんに小首を傾げていれば、ルルさん達がいる場所へとつき、仕事中だった彼らは手を止め、こちらへ来てくれた。


「こんにちは」
「よぉ、ナマエ!! 早速探しに来たのか!?」
「ち、違いますよ!! 差し入れです!」


会って早々、タイルストンさんに酒場での事を言われ、恥ずかしくなり顔が熱くなってくる。その話題を逸らすようにルルさんに手提げを渡し、アイスバーグさんが回りの人たちに差し入れしてくれたと声をかけると、わらわらと職人さん達が集まってきて。職人さんが集まるとなんか迫力あるッ!!呆気に取られていれば、皆それぞれ近くの使うであろう丸太に腰を掛けたり、地面へ座ってお弁当を食べていく。


「ナマエ座れよ」
「あ、はい」


気がつけば、パウリーさんとアイスバーグさんも丸太へ座りお弁当を食べていて。パウリーさんは自分の隣をポンポンと叩いてきた為、それにつられて私はパウリーさんの隣へと座った。丸太ってやっぱ堅いからお尻痛い。そんな事を考えていれば私たちの正面にいて地面に座るルルさんが私とパウリーさんを交互に見て口を開いた。


「パウリーとナマエは知り合いだったんだな」
「はい。 借きッ……ンぐ!!」
「あ、あぁ……たまたま知り合ったんだ」


ルルさん達に私の家に逃げ込んだ事がバレたくなかったのか、隣から勢いよく食べかけのおにぎりを口の中へと突っ込まれた。そしてパウリーさんが適当な事を言い、誤魔化す。何を隠す必要があるのか、と突っ込まれたおにぎりをもぐもぐ食べながらも、隣で新しくおにぎりを平然とした顔で食べているパウリーさんを睨む。


「ナマエちゃん、美味しいよ!」
「ナマエちゃんは良いお嫁さんになるな!」


私から少し離れた場所で食べている人たちが私に声をかけてくれて「ありがとうございます」とお礼を言えば、それがキッカケで私の周辺でそんな話になってしまって。


「ナマエを嫁に貰ったやつはいいだろうな!」
「確かにな。 可愛くて優しくて料理上手な奥さんいたら幸せだろう」
「いや、私その三つ当てはまらないですよ」
「確かに、優しいは当てはまらないな」


私の言葉に便乗してきたパウリーさんはケラケラ笑っている。自分で言うのはいいけど、何だか他の人に言われると腹が立つんだけど。それにこの人には散々優しくしてきたつもりだ、借金取りから隠してあげたのに。そう思っている私を他所にパウリーさんは続ける。


「初対面で、オレの顔殴ってきたしな」
「ッ!! た、確かに勢いで殴っちゃいましたけど、あれはパウリーさんが私の胸ッ……ンぐ!!」


また言いかけたところで食べかけのおにぎりを口の中に突っ込まれた。そしてまた、そのおにぎりを仕方なくもぐもぐ食べながらパウリーさんを睨む。がルルさん達は私が最後に言いかけた言葉を聞き逃してはいなくて。


「……胸?」
「な、何でもねぇよ!!」
「まさか、パウリー!! ナマエを……」
「ンマー。 パウリー、そういう男だったのか」
「アイスバーグさんまで何を言うんですか!! 違いますよ!!」


パウリーさんがルルさんにからかわれれば、アイスバーグさんまで便乗してきて。本人は慌てて否定している。その様子が何だか面白くて、隣でクスクス笑っていれば、ポツンと頬に冷たい何かが当たった。

なのかと思えばそれは雨粒で。次第に強く雨が降ってきた。


「ッきゃ!!」
「降ってきやがった!!」


職人さん達は蜘蛛の子を散らすように雨宿りしに散らばっていく。私は慌てて空になった弁当箱を集め、片付け、どこに雨宿りしようか迷っていたら強く腕が引かれた。


「わっ!! パ、パウリーさんッ!!」
「こっちだ!」


それ以上は何も言わず、黙って私の手を引くパウリーさん。私は足が縺れないよう走りながらも、その大きな後ろ姿に見惚れていた。