堕ちゆく天使 | ナノ

05

「お父様は?」
「知らねぇ」
「さっき、何か出掛けてったぞ」
「そう」


夕御飯の時間。綺麗に盛り付けされた料理を静かに、行儀良く食べるレイジュ様達。それを少し離れた、食堂の扉の前に立ち、レイジュ様の食事が終えるのを待つ。静かな中、食べる音と彼らの話し声だけが部屋に響き渡っている。しかし、今日はいつもとは違いジャッジ様がいない。夕食前にどこかへとお出掛けになったのだ。そして彼らの会話からしてどこへ行ったのかは聞かされていないらしい。

それにしても、私の記憶は戻るんだろうか。それにジャッジ様は本当に私の事を調べてくれているんだろうか。記憶の事を考えながらも、私の目線はイチジ様に向いてしまう。どうしても昨日のレイジュ様との会話が気になって仕方がない。

イチジ様は一体何を考えているのか。食事中のイチジ様の横顔を私は気がつけば、ぼんやりと見つめてしまっていた。


「!」


しかしジッと見てしまっていたせいか、食事中だったイチジ様は手を止めて私の方へ目線を向けてきて。目が合ったような気がしてしまい、私は慌てて目を逸らし俯く事しかできなかった。

しまった、つい見すぎてしまった。どうしよう、後で何か言われるかな。怒られるかな。
考え込んでいたせいだからと言っても、彼らには何の言い訳も聞かないだろう。何かされるのではないか、という恐怖が少しずつ沸き上がってきていた。

ガタンという音で俯かせていた顔をあげれば、食べ終えたのかニジ様、一人だけ立ち上がっていた。そして彼は両手をポケットに入れ、口元をカーブさせながら私の方へと向かって歩いてきている。その瞬間、昨日の彼の言葉が頭を過る。

ゆっくりと近付くニジ様。何をされるのか、何を言われるのかわからず、恐怖心がどんどん強くなっていき、バクバクと暴れだす鼓動。


「おい、ナマエ」
「っ、はい」
「今夜忘れんなよ」
「!!……はい」


私の前で足を止めたニジ様は、私の肩へポンッと手を置いてきたことで、恐怖心からか体はビクッと震えた。返事をしたものの、ニジ様の部屋には絶対に行きたくない。とても怖い。肩から伝わる彼の手の重みと温もりで更に手が震えてきてしまう。きっとイチジ様みたいに何もないって事は絶対にあり得ない。

そう思っている時だった。私よりも背が高いニジ様と同じ身長の影がもう一つ現れ、肩に乗っていたニジ様の手を掴んできて。


「イチジ様」
「ニジ、この女は今日からおれのおもちゃにする」
「は? 何だよ、急に」


イチジ様も食事が終わったのか、私とニジ様の間に入ってきて。カーブさせていたニジ様の口元は歪み、明らかに不満そうな声を出す。しかしすぐにまた笑みを浮かばせ「あぁ、昨日そんなに楽しめたのか」と呟けば、それに話を合わせるようにイチジ様も「あぁ」と返している。昨日は部屋に行ったもののすぐに返されて、何もされてはいない。何で嘘をつくんだろう。でももしかしたらこれでニジ様の部屋へは行かなくてすむ。と少しだけ安堵した時だった。


「イチジずりぃぞ。 私たちも楽しみたいんだ」


ヨンジ様も食事を終えたのか、私たちのところへとやって来て話に加わってくるが、ヨンジ様にも「黙れ、もうおれのおもちゃだ」と断言するイチジ様。この時の彼の言葉はとても威圧感を感じ、私は背筋がゾクリとし、ニジ様、ヨンジ様も言い返せなくなっていた。


「……わかったよ」
「仕方ねぇな。 はぁ、良いおもちゃが見つかったと思ったのによ」


おもちゃを取られ、不貞腐れながら肩を落とすニジ様とヨンジ様。その二人を見て満足したのか、イチジ様は私を見てから腕を掴んできて、その瞬間、バクバクと鼓動が早まっていく。また今日も部屋へ連れていかれるんだろうか。昨日は何もなかったけど、今日は何かされるのかな。腕を掴まれた事により、また恐怖心が沸き上がってくる。


「ちょっと待ちなさい」


イチジ様が私の腕を引きながら、食堂を出ようとした時。レイジュ様がイチジ様を引き留め「"昨日楽しめた"ってどういう事?」と眉間にシワを寄せている。怒るのも無理もない。私は昨日の事やニジ様達に絡まれた事はレイジュ様に話していないから。


「そのままの意味だ」


しかし怒るレイジュ様に全く様子を変えることなく言い返すイチジ様。ここで、私が何もなかったと言えば、レイジュ様は落ち着くのだろうけど、言ってしまったらイチジ様に何か言われてしまうかもしれないし、またニジ様達に絡まれてしまうかもしれない。そう思うと言う勇気が出なかった。


「あなた達、今後私の召し使いに手を出したら許さないわよ!」
「それはおれ達じゃなくてイチジに言えよ」
「まさか、あなたその目的でずっと私に……」


ニジ様の言葉でイチジ様を睨むレイジュ様。今のレイジュ様の言葉は昨日の夜、私が聞いてしまった事だろう。本当にそれが目的か、私も知りたかった。イチジ様からの返答が気になり彼を見上げていれば、結局イチジ様は私の腕を解放し、一人で食堂を出ていってしまった。





*   *






「……って事がありまして」
「……」


イチジ様が食堂を出ていった後、私はレイジュ様に連れられ彼女の部屋へと連れてこられた。そして昨日あったことを全て話した。ニジ様、ヨンジ様に絡まれた事。イチジ様に部屋に来い、と言われたのに、何もなかったこと。


「……本当なの?」
「昨日の事を黙っていたことは本当に申し訳ありません。ですが、本当にイチジ様には何もされてはいません」
「わかったわ」


レイジュ様の目を真っ直ぐ見ながら言えば彼女は小さなため息をつきながら納得してくれた。その様子は少しだけ安堵しているようにも見えてしまって。助けてもらった時から思ってた。何でレイジュ様は見ず知らずの私にこんなに優しくしているんだろう。最初女だからと思ったけど、ここには女の召し使いもいる。


「あの、レイジュ様」
「何?」
「どうして、そこまで私の事を気にかけてくださるんですか?」
「……何故かしらね」


勇気を出して今まで気になっていた事を、レイジュ様に来てみるものの微笑みながら軽く流されてしまい、これ以上聞くことが出来なかった。

(2018/02/01)