堕ちゆく天使 | ナノ

02

城の中や私の部屋を案内された後、私はレイジュ様の部屋でジェルマ国やジェルマ66がどんなものなのか、科学の国の意味、兵が皆似たような同じ顔をしているのか、全て聞かされた。

でも、不思議とそれほど驚かなかった。何故かわからない、それも失っている記憶と関係あるんだろうか。

そして今、レイジュ様の部屋には彼女の弟という三人が来ている。どうやら私の事を聞いて、見に来たようだ。


「へぇ、この女がな」
「父上がこんな見ず知らずの女を召し使いにするなんて珍しいな」
「……そうね」


この三人の話を聞く限りでは、私の記憶喪失の話はしていないらしく、赤髪のイチジ様はまるで私に興味なさそうにソファに座っていて。


「お前、ナマエって言ったか。 よく見りゃおれ好みの顔してんじゃねーか」


しかしニジ様とヨンジ様は私を足の爪先から舐めるように見てきて、少しだけ不愉快になってしまう。でも、そんな事は言えない。グッと我慢をし、二人の目線を耐えていれば、見兼ねたレイジュ様はソファから立ち上がり、私を庇うように間に入ってくれる。


「ちょっと、この子は私の召し使いよ」
「いいじゃねーか。 今夜だけでも貸してくれよ」
「ダメよ!」


ニジ様のその言葉で背筋がゾクリとしてしまう。今夜何をしようとしているのか、何となく想像ついてしまう。しかしレイジュ様に助けていただいた事で心の中で安堵のため息が零れ、数歩後ろへ下がる。が、レイジュ様、ニジ様、ヨンジ様はまだ、貸してくれ、ダメよ、じゃあ私が、と言い合っていて。先程言われたレイジュ様の言葉の意味が何となくわかった気がした。

しかし、あの人はそんな感じはしない。

目を向けた先には三人の言い合いには目もくれず、私をジッと見てくるイチジ様がいて。サングラスを掛けているとはいえ、目が合ってしまったような気がしてすぐに目を逸らし俯いてしまう。なんだか、あの人だけ違うというか、格別というか、何となくそんな感じかする。

そう考えていた時だった。

俯いていれば、突然私の目の前に赤い靴が現れて。それはイチジ様のだとすぐにわかった。なぜ私の前に来るのか、怒らせてしまうような事をしてしまっただろうか。それとも見たのがいけなかった?

ニジ様達とは違い、ジャッジ様のように威圧感があるイチジ様が私の前に来たことで急に鼓動が早くなっていく。そしてその様子を見たのか、三人は言い合いをピタリとやめた。


「あ、あのッ……!!」


イチジ様に何をしてしまったのか、わからないままとにかく謝ろうと顔を上げれば、サングラスをした彼が私を先程同様ジッ見下ろしていて。あぁ、やっぱ私何かしちゃったのかな。

そして"申し訳ありませんでした!"と謝ろうと思えば、突然顎に何かが触れる。驚きで肩を揺らし、少し目線を下に向ければ、それはイチジ様の手で。私は顎を掴まれているようだった。


「……」
「イチジ……様?」


私が呼んでも、何も言ってこないイチジ様は私の顎を掴んだまま、グッと顔の距離を縮めてくる。そして品定めするかのようにサングラスの奥から私をまじまじと見つめてきて。何で、こんな状況になっているのか、全くわからずバクバクと早く波打つ鼓動を感じながら、頭の中は混乱してしまう。それに三人も彼の行動に驚いているのか、何も言葉を発しない。


「……」
「あ、あの……」


しかし、そのすぐ後。イチジ様は私の顎を離したかと思えば何も言わず歩き出す。一体何がしたかったのか、わからないままイチジ様だけレイジュ様の部屋を出ていってしまった。

残された私とレイジュ様達はただ唖然とするしかなくて。初対面の私が驚くのは、普通だがなぜレイジュ様達までこんな様子なのか。そんな事を考えていれば、私の考えを読んだかのようにニジ様が口を開いた。


「イチジ、どうしたんだ?」
「さぁな。 でも珍しいもん見れたな!」
「確かにな!」


ケラケラ笑っている二人。しかしレイジュ様はもう閉められている扉をジッと見つめた後、また真剣な表情をしながらそっと私に近づいて耳打ちをしてきた。その内容は"イチジにも気をつけなさい"という忠告だった。





*   *






"ナマエ、早速だけど何か飲み物持ってきてくれる?"


イチジ様が部屋を出ていった後、ニジ様とヨンジ様もジェルマ66の仕事があるとかで、早々に部屋を出ていった。そしてようやく一人になったレイジュ様から、初仕事を頼まれ、私は今厨房へと向かっている。

しかし、今日来たばかりの城は一回案内されてもすぐに覚えられるはずもなく、何度も迷いすれ違った使用人さん達に聞いてようやく着いた。そしてレイジュ様用の飲み物を持ち、彼女の部屋へ行こうと厨房を出たときだった。


「!! イチジ様!!」


厨房を出た先には、イチジ様がいて。驚きと、先程の事もあり、どうすればいいのかわからなかったが、レイジュ様に早く飲み物を持っていかないといけないし、レイジュ様から気を付けてと言われている。その事を思い出した私は彼に会釈をし、何事もなく平和に横を通りすぎようとした。

しかし私の考えが甘かったのか、突然腕を掴まれてしまい、足が止まってしまった。


「待て」
「ッはい!」


足が止まった事により、お盆の上にあったコップと水差しが動き、ガラスの音が廊下に鳴り響く。強く掴んでいる手を辿り、イチジ様の顔を見るも、やはりサングラスのせいで感情が読み取れない。それに先程もそうだけど、何で私を構うのか。そんな事を聞こうか、聞くまいか悩んでいれば、その掴んでいた腕を引っ張られ、壁に押し付けられてしまい、背中からひんやりと壁の冷たさが伝わってくる。


「イ、イチジ様!?」
「……」


そしてまた、私の顎を掴んだかと思えばクイッと自分の方へ向けて顔をジッと見つめてくるイチジ様。そのせいで、またバクバクと早く動き始める鼓動。ホントの本当に何がしたいの。私の顔を見ても面白くもなんともないのに。それに近すぎて、ドキドキしちゃう。


「イチジ様……」
「……!」


ドキドキして心臓が限界に近付いた時、小さな声で彼の名前を呼べば、触れていた私の顎にある手がピクッと動いた。そして彼はまた何も言わないまま、手を引っ込めて私に背を向け、歩き出してしまう。

本当にイチジ様は何がしたいのか。後、この事は何もなかったんだし、レイジュ様に報告しなくて良いよね。一応何かされたら言いなさい。と言われていたが、特に何もされてないし。

私は、急いでレイジュ様の部屋へと向かった。

(2017/10/02)