堕ちゆく天使 | ナノ

30

国王が殺されてから、私は部屋のベッドに腰をかけながらも窓から見える空を眺めていた。頭の中は、父である国王の事ではなく、イチジ様の事。そして先ほどジャッジ様に言われた言葉。


「お前の父達はここへ来る途中、海賊に襲われ、全滅した」


父が殺されたからといって、ジャッジ様が憎いなんて気持ちは一切ない。それに、記憶が戻ってないせいか、よくわからないのが本音だ。

しかし、今、父の事を国の人や、母達に言ったらきっと婚約破棄になってしまうだろう。そうしたらイチジ様と離ればなれになってしまう。それだけは嫌だ。


「イチジ様と一緒にいたい」


小さくも掠れた声で囁いた時、ガチャと扉が開く音がし、反射的に扉に目を向ければ、そこには丁度考えていたイチジ様の姿があった。


「イチジ様!?」


しかしイチジ様は部屋に入るなり、何も言わず、ベッドに腰をかけていた私を押し倒し、そして、覆い被さってくる。いつものように片手でサングラスを外せば、見た事がある人は数少ないであろう彼の瞳と視線が重なった。一体、急にどうしたんだろう。突然すぎる行動に少し戸惑っていれば、イチジ様は何も言わず、私に口付けをしてきてくれる。

それはいつもの優しいキス。ただそれだけなのに、ドキドキと鼓動が早くなっていく。


しかし、先ほど考えていたことが気になっていた私は、気がつけば彼に尋ねてしまっていた。


「あの、……もし私がさっき見た事を喋ったらどうなりますか?」
「……この話は無しになるだろう。 そうしたらお前もここに居る必要なくなる」


イチジ様の言葉で、胸がキュッと痛くなる。喋って婚約破棄になるような事なんて、絶対にしないのに。それに自分で聞いたのに。イチジ様の口から聞くととても胸が苦しくなっていた。


「……」
「父親の事、言いたいのか?」
「!! いえッ、そうではありません」


彼の言葉で黙り混んでしまった私にゆっくりと、静かに聞いてくるイチジ様に私は、慌てて首を横に振る。そんな事したい、だなんて一ミリも思ってない。しかし、まだ私が国王の事を引きずっていると思ったのか、少しばかり不服そうな表情を浮かべながらもイチジ様は口を開く。


「父親だとわからない奴が殺されて悲しいか?」
「……分からないです」
「なら、気にする必要ないだろ」


確かに気にする必要はない。でも何だか本当にわからないのだ。よくわからないこのモヤモヤはなんだろう。


「哀しみや憐れみなど捨てろ」


しかし、イチジ様の言葉でそのモヤモヤの正体がわかった気がした。もしかしたら私は国王に憐れみを感じていたのかもしれない。確かに、彼は父親なのかもしれないけど、今、私は記憶喪失。そしてあの時、あの人が居る限り、私はイチジ様と一緒に居続けることは出来なかった。

そう思ったとき、スッと何かが消えた気がした。


「そんなものは邪魔なだけだ」
「え……」


何かが消えて心が楽になった直後、イチジ様の言葉で驚いてしまう。哀しみも憐れみもいらない? 確かに赤の他人に対しての感情は面倒なだけかもしれない。でも……。


「それは……出来ません」
「!!」


その言葉だけは同意できなかった。初めてハッキリと反抗したせいか、イチジ様は話ながらしていたキスをやめて、動きも止まる。きっと怒られてしまうかもしれないけど、でも、これだけは譲れないんだ。私は少しだけ感じているイチジ様への恐怖心を抑え込みながらも口を開く。


「大事な人が傷付いたら悲しんだりしたいです」
「……」


私の言葉でイチジ様は何も言い返してこない。これは私の気持ちを言って良いと判断した私はそのまま続けた。


「私はもし、イチジ様に何かあったら悲しいです。その人に向ける悲しみの感情って、その人が大切だから出てくるものでもあるんです」
「……」
「だから私はいらない感情なんてありません」
「……」
「ッ、ごめんなさい。 生意気なことを言って」


思いを全て言い切った後、私は直ぐ様謝罪した。こんな事を言ってもきっとイチジ様にはわからないかもしれないけど。でも私は、私には感情ってとても大事なものだから。


「お前はやはり変わったやつだ」
「え……」
「覚えていないだろうが、お前は"世界会議"でおれと会ったとき、おれに笑いながら話しかけてきた。 だがおれは追い払うように体を突き飛ばしたりしたのに、めげず仲良くしようと笑顔を崩さず話しかけてきたんだ」
「そう、なんですね」
「その時、変わったやつだとおれの中に残り続けたんだ」


私の覚えていない、私との過去を話すイチジ様。その時の表情はいつものように無表情だったけど、少しだけ、ほんの少しだけ懐かしむように微笑んだ気がした。


「……もしかしたら、その時から私はイチジ様が気になっていたのかもしれませんね」
「……ナマエ」
「はい」
「お前はもう、おれから離れることは許さない。お前はおれのだからな」
「はい。 捨てることは出来ませんが、嬉しさ、喜び、哀しみなどの感情は、全てイチジ様のものです。そして何があろうとイチジ様のお側にずっといます」


覆い被さっているイチジ様の首に手を回しながら微笑めば、彼は満足したように笑みを浮かべた。




私は、この先何があってもこの人から離れることはない。

それが死への選択であっても。

(2018/11/09)