堕ちゆく天使 | ナノ

27

まだ夕食には少し早い時間に、私とイチジ様達は国王がいる客間に呼び出された。呼び出したのは国王ではなくジャッジ様だと、呼びに来た兵から聞いて、今度は何を言われるのか不安を抱えたまま部屋へと向かう。


「ナマエ」
「ッ、レイジュ様!」
「また暗い顔になってるわよ」


通路を歩いていれば、後ろから肩をポンッと叩かれ、振り向けばレイジュ様がいて。気持ちが顔に出ていたのか、澄まし顔で言われてしまう始末。そんな事を言われ、何も言い返せなくなってしまい、私は歩きながらも足元を見つめる。下を見れば、ワンピースの裾がひらひらと動き、ワンピースに合わせた黒いパンプスは歩く度に明かりに反射して光沢を放つ。

次は何を言われるのか、もしかしてやっぱりあの国王は本当の父じゃないとか。つい嫌な方ばかり考えてしまう。


「ナマエ」
「!!」
「あら」


下を向きながらレイジュ様と歩いていれば、また後ろから私の名前を呼ぶ声が聞こえ、その声を聞いた瞬間私の鼓動はバクバクと早まった。それは何度も聞いていた大好きな声。


「イチジ様……」


足を止めて後ろを振り向けば、それはやはりイチジ様で。彼は腕を組みながらも私の近くまで来て、見下ろしてくる。久しぶりに名前を呼ばれ、嬉しい気持ちがある反面なぜ急に私を呼んだのか、不思議で不安だった。もしかしたら、もう、関係は終わりとか? そもそも、あの日以来もう終わっているようなものかもしれないけど。でも今はどうしても悪い考えになってしまう。

私とイチジ様の様子を見たレイジュ様は、私たちに何も言わず客間へと歩き出す。


「あ、の……イチジ様」
「おれの隣に居たいのなら下を向いて歩くな」
「え、あのそれって……」


「どういう意味ですか」と聞こうとする前にイチジ様は顔を私から前へと向け、客間がある方へと歩き出してしまった。そんな彼の後ろ姿を私は、その場で立ち尽くしながらも見つめる。

──勿論、今だってイチジ様の隣にいたい。じゃあ、しっかり前を見て歩いていればまたイチジ様の隣にいれるの?


「お〜いたいた」
「!!」


もう姿が見えなくなってしまった通路の先を見つめていれば、今度は後ろから嫌な声が聞こえてきて。振り向けばそれはニヤリと笑みを浮かべているニジ様だった。彼を見た瞬間、先ほどのイチジ様とのやりとりが夢だったんじゃないかと思わせるほど、現実に引き戻されたような感覚に陥る。


「おれを置いて先に行くなよ。 婚約者だろ」
「ッ、……申し訳ありません」


私に近づいてきたかと思えば、肩を抱いてくるニジ様。嫌な気持ちを圧し殺しつつも私はニジ様と国王がいる客間へと向かった。





*   *






部屋に入れば、ジャッジ様と国王がソファに座っていて、私たちは二人の近くに並び、私はニジ様の隣に立つ。一体何を言われるのか、バクバクと鼓動が早まり、冷や汗も出てきてしまう。そんな中、ジャッジ様と国王はソファから立ち上がる。


「いやぁ、急に呼び出してすまないね」


最初に口を開いたのは国王だった。国王は私たちにニコニコ笑顔を向けながら話始めていて。その顔を見て、少しだけ私にとって悪い話でないかもしれない。そう思った。


「ジャッジとも話して決めたんだけどね。 本当に……ニジくん、申し訳ない!」
「!」


国王は笑顔を消すことなく、ニジ様に向かって頭を下げた。国王が頭を下げるなんて事は滅多にないし、あってはいけない。だから、ジャッジ様以外の私たちは驚きを隠せなかった。それになぜ、ニジ様に謝っているのか、その意味もわからなかったけど、もしかしたら。と私はいつの間にか国王が次に言う言葉に期待を持っていた。


「ナマエはイチジくんと婚約させることにした!」
「え……」
「マジかよ、父上」
「本当だ」


国王の言葉を聞いて、最初理解するのに時間がかかった。でもニジ様とジャッジ様のやり取りを聞いて、ゆっくりと本当なんだと実感が沸いてくる。嬉しさのあまりドクンドクンと鼓動がまた大きく波打ち、ゆっくりとニジ様の隣にいるイチジ様を盗み見てみれば、全く驚きもせず腕を組んだまま。しかし、ニジ様の"チッ"という舌打ちを聞き、慌てて目線を戻す。


「本当に悪いね、ニジくん」
「何でまた急に」
「……んー、私がねイチジくんと話をして気に入ったからかな」
「へぇ……」


確かに、急に婚約相手を変えるなんて普通はあり得ない。本当に国王はイチジ様と話して気に入ったから、変えたのか。一瞬、そういう事を平気でするわがまま人なのかと思ったが、二人で話をした時そんなような人には思えなかった。隣にいるニジ様に目を向けてみれば、彼は国王の説明に納得しているようには見えなかった。


「まぁ、そういう事だからヨロシクね」
「話は終わりだ」


ジャッジ様の言葉で、私以外の四人は何も言葉を発する事なく客間を出ていき、ジャッジ様も客間を出ていく。しかし、私はどうしても国王と話したかった為、彼の元へと駆け寄る。


「あの、……」
「どうした、ナマエ」
「何で急に……」
「え? もしかしてニジくんが良かったのか!?」
「いえ!! そうではなくて」


私の言葉に勘違いをして驚く国王に私は婚約相手をそう簡単に変えて良いものなのか、と何故急にイチジ様にしたのか、疑問に思っていたことを聞いてみる。しかし、国王は笑顔を浮かべ私の頭を優しく撫でてきて。


「えっと……」
「ナマエが幸せなら何でも良いんだよ。 まぁ、ニジくんには本当に申し訳ないことをしたと思っているけど」
「何で私がイチジ様となら幸せって思った、の?」
「ん?……あぁ、それはまぁ、いいじゃないか」
「でも……」


結局、聞きたいことは全てはぐらかされてしまった。でもこういう話になったのは、もしかしてイチジ様がしてくれたんじゃないかという考えもあるものの、きっとまたはぐらかされてしまうだろう。


「ほら、イチジくん行ってしまったよ。 行かなくて良いのか?」
「……あの」
「ん?」
「お、……お、と」
「?」
「ッ、ありがとうございます!」


部屋を出る前に、記憶がなく父親だとわからなくてもせめて一度だけ"お父様"と呼んでみようと試みるも、やはり"知らない男の人"や"どこかの国の国王"という感覚と抵抗があり、言えずじまいで。私は国王に深く頭を下げて、国王から逃げるように客間を出てイチジ様を追いかけた。

(2018/06/29)