堕ちゆく天使 | ナノ

26

それは朝食をとっている時だった。食堂に「ジャッジ様!」と大きな声で叫びながら入ってきたのは兵士で。その人は私の父が到着したと、ジャッジ様に告げた。

それを聞いて、私は少し緊張してしまう。父といえど、今は記憶がない状態で、それに記憶喪失の事はジャッジ様に口止めをされているせいで言えないため、バレないようにしなければならない。上手く話せるだろうか。


そんな不安を抱えながら、私はジャッジ様達と城の前へと向かった。






城の前へと行けば、一隻の船が停まっていて、そこからは黒の短髪に顎髭を少し生やした国王とも思える男の人と、その後ろには付き人のような人が降り立つ。

──この人が私の父?


少しだけ自分の父親の顔を見れば、思い出せると思ったのに全く思い出せなかった。しかし、国王は私を見るなりとても嬉しそうに笑い、歩み寄ってくる。


「ナマエ! 無事でよかった!」
「え、あ……うん」


私の前に来て、彼は私の事を強く抱きしめた。一瞬懐かしさがあるかと思えばそれもなくて、本当にこの人は私の父親なんだろうかと疑ってしまう。


「どうしたナマエ」
「いや、……何でもない、よ」
「そうか、でもナマエが生きていたって知って皆安心したんだぞ」
「そうな、んだ。……ごめんなさい」
「何故急に姿を消したんだ。 最初、誘拐されたのかと思ったんだぞ」
「……ごめんなさい」


私の体を離し、眉間にシワを寄せて怒る国王。本当の父だとしても、やはり記憶がない状態だと身内と話すようにはいかなくて。少しぎこちなくなってしまう。でもそんな事は気にしていないのか、私がいなくなった状況を話す国王。私、誰にも言わず姿を消したってこと?何のために?


「とにかく中でゆっくり話したらどうだ」
「……あぁ、そうだな。 そうさせてもらおう」


ジャッジ様の言葉で私との会話が一旦途絶える。それにより、安堵のため息を溢す。このままいろいろと質問されていたら、ボロが出ていたかもしれない。きっとそれに気がついてジャッジ様も言ってくれたのだろう。

そして国王は私の隣を歩きながら、城へと入った。



長旅で疲れただろうとジャッジ様は国王を客間に案内する。中へと入った国王と一緒にジャッジ様も入り、大事な話をするからと、私たちは部屋に戻るよう言われた。でもジャッジ様と国王は何を話しているんだろう、今後の事? 婚約の話は本当なのか。私は昔、病弱だったのか? 聞きたいことが山ほどあったのに。もうドアが閉められた客間の前で私は立ち尽くす。



「ナマエ?」
「レイジュ様……私、あの人が父だと実感出来なくて」
「それは仕方ないわ。 記憶がないんだもの」
「そう、ですよね」


レイジュ様の言葉に納得をし、私は彼女と一緒に部屋に戻った。

のだが、どうしても失っている記憶の事が知りたくて私は客間に向かうため、部屋を出た。国王に記憶喪失だと気付かれないように上手く聞けば大丈夫かもしれない。昔の事は忘れたとか、言えば怪しまれないだろうし。通路を歩きながら、聞き方を考えていれば徐々に国王がいる客間のドアが見えてきて。

相手は本当の父親なのに、バクバクと鼓動が早くなっていき、急に緊張してきてしまう。


「バレないように聞けるかな」


深呼吸しながら、ぽつりと独り言を言った時だった。


「え!」


国王がいる客間から、イチジ様が出てきたのである。彼の姿を見て、自然と足が止まってしまうものの、イチジ様は私がいる方とは逆に歩いていき、私には気が付かなかった。いや、もしかしたら気が付いていたけど関わる気がなかったのかもしれない。そして、私は客間からイチジ様が出てきたことで驚きつつも、国王がいるドアをノックした。


「はい」
「ナマエ……です」
「あぁ、ナマエか。 入りなさい」


国王の言葉でゆっくりとドアノブを捻り、入ればソファに座っている国王とそのソファの後ろには付き人が立っている。早まる鼓動を感じながら、国王の向かいにあるソファに腰を下ろせば国王はまた微笑む。それを見て、私はこの人の本当の娘なんだな、と思うもやはり彼の事を父だと思えない自分に罪悪感を感じてしまう。


「さっきジャッジと話してね。少しの間ここに滞在することになった」
「そうなんですか?」
「あぁ……。 ナマエ、さっきから思っていたんだが何故そんな畏まった喋り方なんだ?」
「え、あ……」
「今までは普通に喋っていたのに」



国王に言われ、言葉に詰まってしまった。父親だと思っていないせいで自然に出てしまっていたようで、慌てて謝るももしかしたら不審がられたかもしれないと不安にかられてしまう。どうにかして理由を考えないと、と頭を使うもなかなか出てこなくて。


「その、……あ、レイジュ様達と話していたら、自然と誰にでもそんな喋り方になってしまって」


苦し紛れの説明だった。これで信じてもらえるとは到底思えないけど、今はこれしか考え付かなくて。


「そうだったのか」


しかし、目の前にいる国王は何も疑いもせず信じてしまった。今の説明は不自然じゃなかったんだろうか、そう思うも普通身内同士の会話はそう簡単には変わらないだろう。じゃあ、この国王は何でもすぐに信じてしまう人? それか説明したのが私だったから信じてくれたのか。

でもそんな事は聞けるはずもなくて。とにかく聞きたいことだけを聞いて、早く客間から出ようと思った。


「あの、さ……突然だけど私って五才前くらいにこのジェルマ国に来たことあるっけ?」
「ん? あー、来たな。 その時レイジュちゃんと遊んでいただろう」
「そ、そうだったっけ」


私の質問に少しキョトンとした表情を浮かばせる国王はコーヒーを飲みながらも説明してくれる。レイジュ様が言っていた事を信じていなかった訳じゃないけど、でもやはり自分で確認したくて。それにまだ聞きたいことがある。これは私にとってはかなり大事な事。


「……あと昔。 私って、世界会議に行ってイチジ様に会ったことある?」
「あぁ、一度あったな。 でも急にどうした」
「!! あ、いや……そのレイジュ様達に過去の事聞かれたんだけど、忘れちゃって。 その確認、かな」
「そうか、まぁ、忘れちゃうのは仕方ないさ。 お前は小さかったんだから」


二つ目の私の質問に頷いた事と、"どうした"という言葉で鼓動が早まっていく。私が世界会議に行って、イチジ様とあったことあるってことはじゃあ、イチジ様が言っていたあの王女は私? でも病弱だって言ってた。


「あ、後……私って……昔病弱だったっけ?」
「……どうしたんだナマエ」
「そ、その……本当に昔の事忘れちゃって……」


自分の事なのに、何度も質問してくる私に少し怪訝な表情を浮かべる国王。そんな国王に対して嘘を突き通せるか不安か押し寄せてきて、手に汗握る思いで、国王を見つめれば、国王は少し悲しい顔を浮かべて。


「お前からしたら辛かった記憶だからな。 忘れたいよな」


その言葉を聞いた瞬間、バクバクとうるさいくらい鼓動が早くなる。


「医療大国のドクターですら治せない難病でな。 でもジャッジにも協力してもらって科学の力で治せたから再発はないだろう」
「……」
「おいおい、どうしたんだよ。 さっきから」
「あ、いや……」
「でも、ナマエの一件があってから我が国は医療科学が発展したんだし、あまり思い詰めるな。何かあってもまた治せるからな」
「う、うん」


再発という言葉に思い詰めたと思った国王はソファから立ち上がり、向かいに座っている私の頭を優しく撫でてくる。しかし、記憶が戻っていない状態では、ただの知らない男の人。父で間違いないんだろうけど、どうしても父と呼べない自分がいた。……ごめんなさい。


「そういえば、私が来る前にイチジ様が来た?」
「あぁ、来たぞ」
「……な、何話したの?」
「それは、まぁ、後でニジくん達がいる場で話す。それにジャッジにも先に話さなければいけない事だからな。 だからそれまで待っててくれ」
「……わかった」


イチジ様が来たことを聞いてみれば、内容は濁す国王。とても気になるし、今すぐ聞きたい気持ちがあったけど、後で話してくれるならと、私は席を立つ。

そして国王の方から質問されないように、私は足早に客間を後にした。

(2018/06/22)