堕ちゆく天使 | ナノ

23

レイジュ様の部屋へ行った後、私は自室へと戻りニジ様に遭遇しないよう引きこもっていた。そのお陰か分からないが、ニジ様もわざわざ部屋に来ることはなく、その日は何もされずに済んだ。


そして、夕食時にイチジ様からの合図もあり私はいつも通り静まり返った廊下を音を立てずに歩き、イチジ様の部屋へと向かっていた。

ニジ様との話が出てから、イチジ様とは初めて二人きりになる。正直、どう思われているのか不安だった。いくらお互い想いあっていても、イチジ様達はジャッジ様に逆らえないとレイジュ様から聞いたことがあったから命令されれば、私は彼に捨てられてしまうかもしれない。

しかしいくら考えてもイチジ様の考えなど、本人しか分からないこと。私はイチジ様の部屋の前につき、考えを頭からかき消すように首を横に振り、ドアを二回ノックした。


「入れ」
「失礼します」


イチジ様の返事を聞いてから、ドアノブに手をかけて開ければ、いつものようにソファに座り本を読んでいるイチジ様。本から目線を私に向ければ、パタンと本を閉じて立ち上がる。後ろ手でドアを閉めた私の目の前まで来た彼を見上げれば、鍛え上げられた両腕でそっと私を抱きしめ、顔が近づき、キスをしてきてくれた。

だが、その直後。


「きゃ!」


イチジ様は優しくキスしてきたかと思えば、突然私を抱き上げて、そのままベッドへと向かった。突然の事すぎて考えが追い付かず、近くにあるイチジ様の顔を見てもサングラスをしている為、表情なんて分かるわけがない。

今の状況に混乱していればベッドの前へと着き、いつもより乱暴に私をベッドに下ろして、そのまま覆い被さってくる。


「あ、の……イチジ様」
「……」


私の問いかけに何も答えてはくれないイチジ様。いつものようにサングラスを取り、ベッドサイドテーブルに置けば、私を見下ろし、そのまま首筋へと顔を埋めてきて。


「ッん……」


イチジ様の吐息と一緒に舌が這っているのがわかり、体の奥からゾクゾクとした感情とドキドキが溢れてくる。でも今日は、何だかいつもとは違う。いつもは優しいキスをしてからなのに。それに何となくだけど、何か考え事をしているような気がする。

イチジ様は首筋に顔を埋めながらも、スカートの裾の下に手を入れ、私の太ももをゆっくりと撫ではじめた。


それが何だかただひたすら体を求められているようで、いつも感じている愛情が感じられなかった。何でだろう。昨日までそんな事なかったのに。もしかしたら私の気のせいなのかもしれない。でも、そう思った途端、胸がぎゅぅと苦しくなり、視界が霞んできてしまう。


「なぜ泣いている」
「え、あ……」


目に溜まっていた涙が零れ落ちたのを気がついたのか、イチジ様が怪訝そうな顔をして私に聞いてくる。

しかし私がその理由を言う前に、イチジ様は少しだけ眉間にシワを寄せながら、私から離れ「部屋に戻れ」とそう一言だけ言って、背を向けてしまった。


「え、な、何で……ですか」
「お前はニジの婚約者だ」



その言葉だけは、イチジ様から聞きたくはなかった。イチジ様の大きな背中を見つめながら起き上がれば、また一粒の涙が零れ落ちる。そして締め付けられているような苦しさも更に酷くなる一方。


「っ、そんな事言わないでください……」
「ここには来るな」
「ッ……」


そのトドメの一言で、私は溢れそうになった涙をグッと堪えながら、痛む胸の前で手を結び、ゆっくりと重い足取りでイチジ様の部屋を出た。

もしかしたら、さっき考えていた事が現実になってしまったのかもしれない。そんな考えがぐるぐる頭の中を回っている。


「ん、お前こんなところで何してんだ?」
「!!」


イチジ様の部屋の前で俯き、泣きそうになった時、声がして顔をあげればそこにはニジ様がいて。一瞬、血の気が引いた。会話は聞かれていないだろうが、イチジ様の部屋から出てきたところを見られたかもしれないと、不安になっていれば、少しだけ口角をあげニヤリと笑みを浮かべたニジ様が口を開く。


「イチジの部屋から出てきたな」
「ッ、ちょっとイチジ様に用を頼まれまして」
「へぇ」
「っでは、失礼します!」


しっかり見てたぞ。と言わんばかりにゆっくりと私に近づいてきたニジ様。きっとこんな嘘はすぐにバレると分かっていても、私は追求されないよう、ニジ様に頭を下げて、その場から逃げた。

きっと後で言われるかもしれないけど、でも今はもうこれ以上耐えきれなくて。

この後、私はぼろぼろと止まらない涙を流しながらずっとイチジ様に捨てられてしまったのか、そればかり考えていてなかなか寝付くことができなかった。

(2018/05/16)