堕ちゆく天使 | ナノ

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食堂へ来れば今まで端で見ていた席に自分が座ることになるなんて思ってもなかったせいかなかなか食事が喉を通らない。それは周りにいる使用人が気になるという理由もあるし、彼らと同じテーブルを囲っている事が未だに信じられないという理由もある。しかし、一番の理由は、向かいに座るニジ様が食事をしながらも私をジッと見てくる事だった。

昨日と同じくこうして見られていたけど、今は食事中だし、食べ終えていない。だからその場を立つ事は出来なかった。


「お前達に話がある」


気まずく、俯きがちに食事をしていれば突然ジャッジ様が口を開き、私たちは食べる手を止めた。急に何の話だろうか、また私絡みの事だろうか。この間の事もあり、色々と考えてしまう。


「ナマエ」
「ッはい」
「お前の父親と連絡が取れた。 本来ならお前を島まで連れていく予定だったが、行かねばならない予定があってな。 それを話したら父親がこちらへ迎えに来ることとなった」
「父が、ですか」


やはり私の事だと思い、次は何を言われるのか身構えていたら父親の事で。しかし、今はまだ記憶喪失のせいか父と言われても顔が浮かんでこなく、どんな顔をしていればいいのかわからない。でも父親が来て、記憶喪失だということを話せば、私の知らなかった事もわかるのかな。

そう考えたとき、ジャッジ様が言った最後の言葉が頭を過った。

"迎えに来る"

それは私はもうここから居なくなるという意味。じゃあ、私はもうイチジ様とは一緒に居れないって事? ジャッジ様から、ニジ様の隣にいるイチジ様に目を向けてもやはり彼は無表情のまま。イチジ様はこの事について何とも思ってないのかな。

胸が苦しくなるのを感じつつ、心の中で呟けば、ジャッジ様の「もうひとつ」という言葉でまた目線を彼に戻した。


「ナマエとニジ」
「!」
「お前達を結婚させることにした」
「え!?」
「……」


先程よりも衝撃的な言葉に一瞬頭の中は真っ白になる。それは父と決めたことなんだろうけど、何で今そんな話になったんだ。それに相手はニジ様だなんて、一番怖くて嫌だった人が……。


「式はまだあげることは出来ないが、事が済んだらする予定だ」
「つまり、今からナマエはおれの婚約者って事だよな? 父上」


ジャッジ様の話を聞き、彼に目を向けてみれば口角を上げて笑みを浮かべながら私を見てきたニジ様。彼の言葉に「あぁ、そうだ」とジャッジ様は頷いた。最悪な事になってしまった……と思えば思うほど、バクバクと鼓動が早くなってきて苦しい。そんな状態でまた、イチジ様を見てもやはり微動だにしていない。


「それとナマエ」
「……はい」
「お前の父親には、記憶喪失の事を絶対に言うな。 助けられた事だけを話せ」
「え、何故ですか……」
「わかったか」
「……ッはい」


婚約の話で混乱している状態で、記憶喪失の事は黙っていろと言い出すジャッジ様。何で、その事を黙っていなければいけないのか、言ってしまえば話は早いのに。しかし、そう言い返そうとしたがジャッジ様に睨まれたことと、今まで使用人をしてきたせいか、言葉がつっかえて出てこなかった。


そして食事を終え、嫌な予感がした私は早く部屋へ戻ろうと席を立ったとき、先に立ち上がっていたニジ様に声をかけられてしまった。


「ナマエ」
「!! ……はい」
「おれの婚約者になれたんだ。 ありがたく思えよ」
「ッはい。 とても……嬉しい、です」


私に歩み寄り口角をあげながらも言うニジ様の機嫌を損なわせないよう、笑顔を作り本音とは真逆の事を言う。彼が不機嫌になると大変なため、避けたい事だがやはり嘘をつくのは心が痛い。しかし、ニジ様はそんな私の気持ちなんて知らず、嬉しそうに私の肩を抱き寄せてきて。イチジ様やレイジュ様にヨンジ様もまだいるのに。恐る恐るイチジ様を見てみるも、一瞬目が合ったような気がしたものの、彼は私たちの事を素通りして食堂を出ていってしまった。


「ッ……」


ニジ様に抱き寄せられたまま、イチジ様が出ていってしまったドアを眺めることしか出来なかった。今、イチジ様を追いかけたら変だよね。それにジャッジ様の決定ならイチジ様も納得したのかもしれない。そう、だよね。イチジ様がジャッジ様に逆らうはずがない。自分に言いつけるように心の中で何度も繰り返すものの、やはり胸は締め付けられるようで。


「ニジ、婚約が決まって早々悪いけどナマエ貸してくれるかしら?」
「あ? 何でだよ」
「いいから貸して。 女同士で話があるのよ」
「チッ、わかったよ」


腕を組ながら私とニジ様の前に来て、言い出したレイジュ様。彼女のお陰で私は一旦ニジ様から逃れることができた。





*   *






「やっぱりね……」
「え、あの……やっぱりとは?」


食堂からレイジュ様の部屋に移動した直後、彼女は小さな声で囁いた。"やっぱり"ってどういう事?レイジュ様はこうなるって予測ついていたの?


「恐らく、お父様は最初からナマエの正体に気が付いていたんだと思う」
「ジャッジ様がですか!?」
「ナマエの素性は自分が調べるって言ったのも、きっと私たちに知られないため。それにあの時もそうだわ……使用人だったナマエをお父様が助けた事が不思議だったけど、理由はこれだったのよ」


ジャッジ様に助けられた、その言葉で思い出したのはイチジ様にべったりだった王女様が突き放された一件で戦争になった国での事。あの時、たまたま私は庭師さんの手伝いをするため外に出てて、それで砲弾が飛んできたんだっけ。確かにあの時、何故使用人を助けたんだと私ですら思ったほどだ。じゃあやっぱり、ジャッジ様はレイジュ様の言うとおり私の正体を知っていたのかもしれない。


「ナマエ、あなたを見たときから利用するつもりだったのよ。 ナマエの国がジェルマにどんな利益があるのかまだわからないけど、きっとお父様は何か考えているハズ。 気を付けなさい」


今までのジャッジ様の行動を見れば、レイジュ様の予測はあっているのかもしれない。でも、そう言われても、記憶を失っている限りどうしようもできない。それにただ、私は今、婚約者の相手がニジ様だと言うことしか頭になくて。何で、よりによってニジ様なのか。イチジ様なら良かったのにと先程から何度も思ってしまっている。

どうしたら、この運命から逃れる事ができるのかひたすら考えた。

(2018/04/27)