堕ちゆく天使 | ナノ

01

体が何か冷たいもので包まれていてゆらゆらと揺れるような感覚。

あれ、私──。

どこにいるんだっけ?


「医療班来てー」

「どうなされましたか!? レイジュ様」

「人が流されてるわ」




誰?

なんか声がする。

でも、見たくても瞼が重くて目を開けることも出来ない。

それに体も動かない。

あぁ、ダメだ。

また、意識が──、
















また意識が戻り、今度は体が暖かい。そして柔らかいもので包まれているような感覚がある。何だろう。それに人の声もする。誰。


「ん……」


今度は見ようと目を開ければ、ゆっくりと開いた。そして最初に視界に入ったのは白く光る電気。それにより、少し目が眩んだが、視線を逸らして開ければ白い壁紙の部屋で、ツンッとした強い匂いが鼻を刺激した。


「目を覚ました!」
「レイジュ様、目を覚ましました」
「本当?」


男の人数人の声の中に一つだけ女性の声が聞こえてきた。声がした方へゆっくりと顔を動かして見てみれば、ピンク髪のブラウスを着たキレイな女性が私を見つめていて。そしてその女性は私に優しく、大丈夫?と声をかけてくれる。知らない人だったけど、声は聞いたことあるような。誰だろうと、思いつつも、はいと返事をすれば、その人は安心したように微笑む。


「あの、あなたは?」
「私はレイジュよ。 ヴィンスモーク・レイジュ」
「ヴィンスモーク?」
「あら、あなた知らないの?」


名乗ってくれたはいいが、知らない人だった。ヴィンスモークか。知らない気がする。でも知っているような気もする。

……わからない。

まだぼんやりしている頭のせいなのか、混乱している私がレイジュさんの言葉に首を振れば、彼女は親切に教えてくれた。ジェルマ66やジェルマ王国、科学の国、そして、彼女は王族だとか。

ジェルマ、ヴィンスモーク、王族、科学。

まただ。

思い出そうとすると、頭がズキズキ痛む。それにその言葉は知っているような気がするのに、わからない。
何で……。


「ところであなた、名前は?」
「え……あっ、多分ナマエ」
「……多分って」


目を覚ましてから、何度も思い出そうとしているのに自分の名前すらわからない。自分が何者なのかも。レイジュさんに聞かれ、言えばキョトンとした顔を浮かべている。それもそうか。普通自分の名前は"多分"って言葉を使わない。でも私はそれを使わないとわからないのだ。

しかし違和感を感じた彼女は、どういうこと?と聞き返してきて。私は正直に思い出せない事を話した。


「思い出せないって……」
「レイジュ様。 彼女は記憶喪失かと思われます」
「……そのようね」
「記憶……喪失?」


レイジュさんに言えば、隣に立っていた医者らしき人が言ってきた。それを聞いた彼女は特に驚くこともせず、納得している。もしかして、私が思い出せないと言ったときから疑っていたんだろう。しかし私はまだ、自分が記憶喪失だなんて思えない。……って思いたいけど、実際本当に何もわからない。思い出そうと思っても真っ黒で、まるで今さっき生まれたかのよう。


「とりあえず、彼女の事はお父様に伝えるわ。 このまま彼女を看てて」
「わかりました!」


訳がわからないまま、彼女は自分の父に話に行くのか部屋を出ていってしまった。





*   *






数十分経って、現れたのは私の何倍もある男の人だった。その人は何も喋っていないのに、ただその場にいるだけなのに、威圧感を感じ、ベッドに座ったまま自然と背筋がピンッと伸びる。しかし、その人は入ってきて早々、私を見て少し驚いたような顔を浮かべた気がして。
そしてこの男の人は"ヴィンスモーク・ジャッジ"と名乗った。この人がレイジュさんの父親か。


「お前、名前はナマエだと聞いたが」
「ッ、はい! しかし……」


声を掛けられ、咄嗟に慌ててベッドから降り、自分の足で立ってみれば、この人がどれだけ大きな人なのかがよく分かる。それにしても見た目や雰囲気はとても怖そうな人だ。


「レイジュから聞いている。 海に流されていた理由もわからないのか?」
「はい、本当にここで目が覚める以前の事は何も……」
「……そうか。ならばお前は帰る場所もわからないんだな」
「……はい」


ジャッジ様は少し、何かを考えた後私に言ってくる。一体その数秒は何を考えていたのか。しかし、聞くことなんて出来ない私は、返事をするしかなかった。確かに自分が誰なのか、わからなければ帰る事すら出来ない。それに何で、私は海に流されていたんだろう。


「なら、記憶が戻るまでここにいるといい」
「……え、思い出すまで、ここにいて良いんですか?」
「あぁ、レイジュの召し使いとしてだがな」
「レイジュさんの……はい! 喜んでさせていただきます!」


てっきり、手当てが終わったら追い出されると思っていた。レイジュさんが居なくなってから、医者にジャッジ様の話を聞いていたから。それに、部外者で、誰だかわからないような人はきっとすぐに追い出されるか、殺される可能性も無くはない、とも言われていた。だから、ジャッジ様の言葉に驚いてしまい、医者に目を向ければやはり私同様、少し驚きを見せていた。

しかし、レイジュさんの顔を見ると何か考えているようで。でもジャッジ様に、いいな?と声を掛けられれば、すぐに作った笑顔を見せ頷いた。

……あれ、レイジュさんは私が召し使いは嫌なのかな?


「あと、言葉遣いを気を付けることだな」
「! は、はい!」


レイジュさんに対して少し不安な気持ちになっていれば、ジャッジ様は私にそう言い残しすぐに部屋を出ていった。その言葉の意味は、医者が言っていた言葉を思い出す。あぁ、そっか。私、召し使いになるなら"レイジュ様"って言わなきゃいけないよね。


「ナマエ、そういう事だからよろしくね」
「は、はい!」
「じゃあ、早速私に着いてきて」
「わかりました!!」


ジャッジ様が部屋を出ていった途端、自然の笑顔を見せるレイジュ様。それにしても何で、父親の前で作った笑顔を見せているんだろう。

不思議に思いながらもレイジュ様に着いていき、食堂やキッチンと召し使いをするのに覚えなければならない場所を案内してくれた。

そして最後に着いた場所は。


「ここが私の部屋よ」
「わかりました!」
「あぁ、あとナマエの部屋は私の隣ね」
「え!?」


レイジュ様に言われ、彼女の目線の先を見ればそこにはレイジュ様の部屋ほど豪華ではないが、扉があって。彼女が開け、部屋を見てみれば私一人が使う分には十分すぎる広さだった。しかもベッドやテーブルなど、必要なものもしっかり備わっていて。召し使いの私がこんな良い部屋を使わせてもらっていいのだろうか。


「あのッ、こんな広い部屋。召し使いの私が使っても良いのですか?」
「えぇ、お父様からの命令よ」
「ジャッジ様から……」


ジャッジ様が? 本当に彼は怖い人なんだろうか。医者の話と本人を見て、人違いなんじゃないかって思った。ジャッジ様は本当は優しいんじゃないの? 見ず知らずの私をここに置いてくださるんだもの。


「ジャッジ様は優しいんですね」
「……ナマエ、一応言っておくわ」
「はい、何でしょうか」
「お父様は必ず何か企んでる。 注意しなさい」
「あの、それってどういう……」


特に深く考えず、レイジュ様に言えばとても真剣な顔で言われてしまって戸惑ってしまう。ジャッジ様が何か企んでるなんて。ジャッジ様は一体どっちなんだろう。

それにレイジュ様はあと三人弟がいる事も教えてくれて、その三人にもあまり関わらないよう注意を受けた。でも関わらないなんて出来るんだろうか。



私は後に、この時言ったレイジュ様の言葉の意味を知る事となった。

(2017/10/02)