堕ちゆく天使 | ナノ

21

レイジュ様に誘われて、共に談話室へと来ればいくつかのティーワゴンが運ばれてきて、その上には色んな種類のお菓子が並び、一台にはティーセットもある。丸いテーブルに沿って一人用ソファが五つ、円を描くよう置いてあり、躊躇しつつレイジュ様の向かいにあるソファに座ればテーブルにお菓子が並べられて、私とレイジュ様の前には紅茶が置かれた。

私の前に置かれたティーカップからは甘いフルーツのような香りが漂ってきて。レイジュ様が紅茶を手に取ったのを確認してから私もティーカップを手に取り、紅茶を一口飲む。


「ナマエ」
「はい」
「記憶の方は、何か思い出せそう?」
「いえ」


ゆっくりと紅茶を飲みながら、聞いてくるレイジュ様に私は首を横に振った。記憶の事は、ジャッジ様にも言われたが全く思い出せそうにない。しかし、以前感じていたふかふかのソファに座ったことある感覚や、バルコニーは恐らく私が王女だから少しだけ思いだせそうになったのかもしれない。

でも、ひとつ気になっているのはあの見知らぬ男二人組。あの二人の事を思い出す度に何故か恐怖が襲ってくる。それはニジ様に対して感じていたものとはまた違う恐怖心。あの二人組は本当に何者なんだろうか、自分の国に帰ったらわかるのかな。

と、紅茶を飲みつつぼんやりと自分の記憶の事を思い返していた時だった。


「なんか甘い匂いがすんな」
「お、お菓子があんじゃねーか!」
「!!」


突然談話室の扉が開いたかと思えば、イチジ様に続いてニジ様とヨンジ様が姿を現した。三人とは私が王女だと言われてからは初対面。ニジ様とヨンジ様は使用人の時の事があるため、関わって来ないだろうと思いながらも最初に入ってきたイチジ様に目が向いてしまう。

イチジ様は、私が王女だと知ってどう思ったのだろう。鼓動が早くなるのを感じながら、姿を目で追っていれば、イチジ様は自然と私の隣にあるソファに腰を下ろした。もしかしたら、その席は彼の定位置なのかもしれないし、たまたまかもしれないが、ただそれだけでもとても嬉しくて、心が暖かくなってくる。


「クッキーか」
「チョコねぇのかよ……ん?」


しかしそんな長いこと幸せに浸っていられる訳もなく、立ったままテーブルにあるクッキーに手を伸ばすニジ様は、そのクッキーを頬張った直後、私の服装や髪型が変わっている事に気がついたのか、口をモグモグ動かしつつゴーグル越しから頭の天辺から足の爪先を見るようにジロジロと見てくる。そして、彼の動いている口角が上がった。


「へぇ〜、身なりを整えれば更に良い女になるもんだな」
「ッ……」


ニジ様のその言葉で、ゾッとした。あの事があってからは居ないもののような態度だったのに、やっぱり王女とわかれば今までとは違うんだ。きっと前のような事はされないだろうけど、やはりニジ様は怖く、顔を見ることは出来ず俯くしかなかった。


「でもなぁ、こいつがどっかの王女だったとはな」
「それに記憶がねぇんだろ? レイジュは知ってたのか?」
「ナマエが目を覚ましたとき傍にいたから知っているわ」


ニジ様の言葉で頷くレイジュ様は先程と変わりなく紅茶を飲み、ニジ様は空いている私の隣のソファに座るも、ジロジロと見ることをやめてはくれない。そんな状態では紅茶を飲むことも出来ず、居心地がとても悪い。


「あのッ、私……部屋、戻ります……」


ニジ様に見られていることに耐えきれず、私はティーカップを置いてから立ち上がり、早足で談話室を出ていった。





*   *






談話室から部屋に戻り、ベッドに腰をかけながらも小さなため息が溢れる。王女と言われ、どんな風にすればいいのかわからず、ニジ様達と顔を会わせてしまい、きっと"王女らしくない"とか思われていそうだ。イチジ様もそう思ったのかな。

気がつけば、自分の素性がわかってからいくつかの衝撃的な事を聞かされていたせいか気持ちがとても疲れてしまっているようで全てマイナス思考になってしまう。こんなんじゃダメだと思えば思うほど、頭の中がぐるぐると回って訳がわからなくなってくる。

そんな頭の中や体を休める為、座っていたベッドにそのまま倒れこめば、今はもう見慣れた天井が目に入ってきて。


「もしかして、ここに居られるのも時間の問題?」


そう独り言がポロッと出たのと同時に、ガチャと部屋の扉が開く音がした。慌てて体を起こせばそこにはイチジ様がいて、彼の姿を見た瞬間、落ち着いていた鼓動はまた早まる。しかし二人で会う時は夜だったハズなのに、一体どうしたんだろうと思いながら「イチジ様、どうなされました?」と声をかけてみるも、彼からの言葉は何もない。イチジ様は私の言葉を聞き流し、後ろ手で扉を閉め、ベッドに座る私に向かって歩き出す。その際、付けているサングラスを外して近くのテーブルに置く。


「イチジさ、……ッきゃ!!」


彼が近づいてきたとこによって、立ち上がるも両肩を押され、体はふかふかのベッドに倒れこみ、目の前には私に覆い被さっているイチジ様の顔があって彼の顔越しには先程まで眺めていた天井が見える。目の前のイチジ様を見つめるも毎日サングラスを取った顔を見ているハズなのに、毎回その顔にドキドキさせられてしまう。

そしてイチジ様は、ゆっくりと私の唇に自分の唇を重ねてきて。いつも必ず優しくキスをしてきてくれる彼。本人は無意識のようだけど、やっぱりそれもまた嬉しい。そんな事を考えていれば、ワンピースの裾を捲られ、彼の手が太ももを優しくそっと撫でてくる。


「ッん……」


軽く撫でられ、くすぐったく小さく声が漏れれば、それを煽るかのようにまた撫でながらもゆっくりと上がってくるのがわかった。優しくキスをしてくる唇が離れれば、イチジ様は私を見据えたまま小さな声で囁く。


「やっぱりお前があの時の女なのか?」
「……あの時とは、前に言っていた"世界会議"で会った女の子の事ですか?」


前に話してくれた事を思い出して聞いてみれば、肯定するイチジ様。でも確かその子は病弱だと言っていたハズだ。たとえ私が王女でもそうとは限らない。


「しかし、……もしそうでも私は病弱ではありません」
「お前記憶を無くしているんだったな」


私の言葉で、記憶喪失だと思い出したイチジ様は少しばかり落胆しているように思えた。やっぱりあの子を探しているんだろうか。そう思えば思うほど、さっきまで嬉しくて幸せだった気持ちに靄がかかってくるようで。


「は、はい。ジャッジ様に口止めされていました」
「そうか、ならあの時の女の可能性はゼロではないな」
「!!」


気になっていた見ず知らずの王女がまさか自分だとは到底思えないけど、今のイチジ様の言葉で私なら良いと言っているように思えて、靄がかかりそうになっていた気持ちはまた嬉しく幸せな気持ちでいっぱいになった。

そしてこの後、私はイチジ様に身を預けた。

(2018/04/13)