堕ちゆく天使 | ナノ

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レイジュ様に手渡された服を、高そうだと躊躇したもののきっと着ないと怒られるだろうからと、渋々腕を通した。腰に黒いリボンがある白のワンピースの着心地は今まで着ていた使用人の服とは比べ物にならないくらい良い肌触りで、素材やデザインのせいか、私を別人に変えた。


「私じゃないみたい」


鏡の前で振り返りながら後ろを見ようと動く度、ワンピースの裾はアシンメトリーになっていてふわふわと揺れる。このワンピース可愛いし、私が着るなんて持ったいなさすぎるよ。

しかし、ここでモタモタしていたらそれこそレイジュ様に怒られてしまう。そう思い、私は素敵なワンピースを着たまま、隣にあるレイジュ様お部屋へと向かう。




「どうぞ」
「失礼します」


レイジュ様のお部屋の扉を二回ノックすれば中からは彼女の声が聞こえてきて、ゆっくりと扉を開けて入ればレイジュ様の他に侍女もいる。


「あら、似合ってるわナマエ」
「あ、ありがとうございます……」


渡されたワンピースを褒められたものの複雑だ。まだ自分の正体に戸惑っているのに。そしてこれから何が始まるのか、戸惑いながらレイジュ様の元へ行けば、侍女が立っている前の空席の椅子に座るように促されて。


「あの、」
「せっかく素敵な服来ているんだから、使用人のときの髪型じゃあ勿体ないわよ」


目の前で足を組みながらソファに座るレイジュ様に言われた後、パサァッと束ねていた髪が下ろされるのを感じ、侍女はその私の髪を櫛で解かし始めた。確かにこの服に髪型は合わないかもしれないけど、そのくらい自分でやるのにな。


「髪下ろすとまた雰囲気変わるわね」
「そう、ですか? でも、正直まだ戸惑ってます」
「記憶ないから仕方ないわね。 でも……私はナマエが王女だと何となくわかっていたけど」
「え!! レイジュ様……私の事知っていたんですか?」


突然のレイジュ様の衝撃的な言葉で、髪を解かしてもらっていたのにも関わらず、椅子から立ち上がってしまった。侍女に謝り、また座り直せばその様子を見てクスクス笑っているだけのレイジュ様。でも、前に薬を塗ってもらった時、意味深な事言ってたっけ。でもじゃあ何で教えてくれなかったんだろう。とその考えが顔に出てしまっていたのか「何で教えてくれなかったんだって顔してるわ」なんて言われてしまう。


「申し訳ありません」
「別にいいわよ。 言わなかったのは確信が持てなかったからよ」
「確信ですか……」
「えぇ、実はね。 私とナマエ、昔一度会ったことあるのよ」
「え!!」


また衝撃的な言葉で立ち上がりそうになるもグッと堪え、気持ちを落ち着かせてレイジュ様の話の続きに耳を傾ける。


「私が、三歳くらいだったかしら。 その時にナマエは父親と来ていて、あなたの父はお父様と話をしていてその間私はあなたと遊んでいたの」
「私がレイジュ様と……」
「その時、弟達はお母様のお腹の中にいたの。 大きなお腹のお母様のところへ行ってお話ししたりして、初めて同じくらいの年の同姓の子と遊んで少しだけ楽しいと感じたわ。でも、名前やどこ出身なのか聞けないまま、帰ってしまったの。 最初あなたを見たときその子かと思った、だから何となくそうかもと思っていただけ」
「そう、だったんですね」


まさか、一度レイジュ様と会ったことあったなんて想像すらしなかった。もちろんその時の事は記憶を失っているためわからない。でもレイジュ様が嘘をつくとは思えないし。


「それで、さっきお父様に言われてあの時の子だと確信した」
「そうですか、ごめんなさい。 記憶が戻ってないから覚えてないです」
「何を謝ってるの? 記憶喪失なんだから仕方ないことじゃない」


確かにそうかもしれないけど、昔の事を話していたレイジュ様の顔はとても穏やかで本当に楽しかったんだと伝わってくるほどだった。なのに、それを私は忘れてしまっているなんて。せめてその時の記憶だけでも今すぐ思い出せないかと強く思ってしまう。

しかし、やっぱり王女という立場が記憶を無くしているとはいえ使用人だった私からしてみればかなり重くのし掛かってきて不安になってきてしまう。礼儀作法とかも、王女なりの言葉使いもわからないし。


「あの、レイジュ様」
「何?」
「私、これからどうしたらいいんでしょうか。 正直記憶がないせいか、王女という立場がとても重く感じてしまって」
「……記憶が無くても、ナマエは一国の王女なのよ。 そんなに考え込まなくても何とかなるわ。普通にしていればいいのよ」
「普通ですか……」
「記憶が無くても、振る舞いとかはきっと体が覚えているハズよ」


なんだろう。王女からの言葉だからなのかレイジュ様の言葉を聞いただけで不安が少し取り除かれたような気がした。そうだよね、きっと王女としての振る舞いは体が覚えてるよね。そう自分に言い聞かせた直後、後ろから「終わりました」という声が聞こえてきて。

立ち上がり、レイジュ様のドレッサーで見てみれば綺麗に整えられた自分の茶色くて長い髪。ここに来てから、しっかりと手入れなんてしていなかったせいかワンピースの時と同じように自分の髪ではないように見えてしまう。


「ありがとうございます」
「ナマエ様、私めに礼など不要でございます」
「え、……あ、ごめんなさい」


つい使用人の時の癖でお礼を言ってしまい、今まで一緒に仕事をしてきた人達からは距離を感じてしまう。今までは"ナマエちゃん"と呼ばれていたのに。今はレイジュ様達と同じ待遇。王女なのだから当たり前なんだろうけど、やっぱり少し寂しさが込み上げてくる。

ただ、髪を整えてもらうだけなのに使用人にやってもらうなんて。

今までの私もそうだったんだろうか。

そう思うと何だか、また悲しくなってきてしまう。


「ナマエ、どうしたの?」
「いえ、何でもありません」


髪を整えるだけなのに、なんてレイジュ様に言えるわけがない。彼女はそれが普通だと思っているんだから。


「じゃあ、ナマエ」
「はい」
「ティータイムにしましょ」
「は、はい……」


しかし、そんな事を私が悩んでいる事を知るよしもなくレイジュ様は微笑みながら部屋を出ていってしまい、その後を私は慌てて追った。

(2018/04/05)