堕ちゆく天使 | ナノ

17

レイジュ様からのご命令を終えた私は、またいつものように他の使用人の方から仕事を貰い、こなしていく。しかし、今日は何故か仕事に身が入らない。もしかしたら、イチジ様に対しての気持ちに気がついた状態で抱かれたからなのかもしれない。……もう少し、しっかり仕事しなくちゃいけないのに。

そう思い、自分に対しての呆れのため息をしながら廊下を歩いている時だった。


「お願い!!」
「!?」


また、たまたま無意識にイチジ様の部屋の前を通ったようで、その際、部屋の中から王女様の叫ぶ声が聞こえてきて。つい驚いて足を止めてしまった。また聞き耳を立てるなんて良くないと思いつつも、王女様が叫んだその"お願い"がとても気になってしまう。

そして私はいけないと思いつつも、イチジ様の部屋の扉に少し近づき耳を傾ければ、とんでもない会話が聞こえてきてしまった。


「お願いだから結婚して!」
「!!」


それは王女様の声で、彼女のすぐ後にイチジ様の声で「断る」という声が聞こえてくる。まさか、こんな話をしているなんて思ってもなかった。その会話を聞いて、勿論私の気持ちは正常ではいられなくて、急激に鼓動が早まっていく。彼女がイチジ様を好きなのは知っていたし、彼女は王女だ。私みたいな使用人ではない。だから婚約なんて事はあり得なくはない。

でも、それでも、胸の痛みは消えるどころか悪化していく。

何故イチジ様が断ったのかわからないが、きっとジャッジ様に命令されれば頷くしかないハズだ。

しかし、王女のこの後言葉で、私の鼓動は更に早くなる。


「何でよ! 貴方なら父親に言えば出来るでしょ!? 何、それともそんなにあの使用人がいいの?」
「!?」
「私知ってるんだから。 昨日使用人の部屋で二人がキスしてた事」
「……」


王女様の言葉で、昨日イチジ様にキスされていた事が脳裏を過り、王女様が私を睨み付けてきた理由がはっきりした。まさか、キスされたところを見られていたなんて。……いやでも、私はおもちゃだ。お互い想い合っているわけじゃない。それにこんな事でイチジ様が動じるとは思えない。扉の向こうでイチジ様がどんな表情をしているかわからないが、きっといつもと変わらないんだろうな。

だが、その事でイチジ様が動揺でもするかと思ったのか、王女様はそのまま続ける。


「この事をバラされたくなきゃ、結婚して!」
「無理だ」
「……何よ、そんなにあの女がいいの? 私にはキスしてくれないし」


私の思った通り、イチジ様は王女様の言葉には乗らなかった。だがその後の言葉で、私は扉の隙間から見てしまった光景を思い出す。あのときは王女様がイチジ様に抱きついてて、イチジ様と目があってしまったと思って動揺してその場から立ち去っちゃったけど、てっきりその後キスしたのかと思っていた。

……違うの?

そう心の中で誰にでもない、誰かに問いただしていれば、イチジ様の声が聞こえてくる。


「いい加減にしろ。 貴様の小さな国などおれ達なら簡単に潰せる」
「!!」
「潰されたくなければすぐに帰れ。 これ以上付きまとうな」


イチジ様のこの言葉の後、王女様の声は聞こえなくなった。動じず、言い返されて何も言えなくなってしまったんだろう。それに王族なら、自分の国を潰すなんて言われてしまえば、何もできなくなる。そういう事を簡単に言えてしまうのがイチジ様達だ。きっとその気になれば、今言ったことも実行できるだろう。

そんな方を私は、好きになったんだ。イチジ様達の性格と自分の気持ちを再確認しても尚、彼が好きだと思える。それほどまで惚れ込んでしまったらしい。

イチジ様への気持ちを再確認していれば、突然バンッと勢いよく扉が開いて。


「……ッ」


そこからは涙ぐむ王女様が飛び出してきて。私に気がつくこと無く、私がいた方とは逆へ向かって走っていった。

驚きと、王女様の涙を見て、その場で立ち尽くしていれば開いたままの扉からイチジ様が姿を現して。

そして私を一度見て、何も言わず立ち去ってしまった。






*   *







王女様がイチジ様の部屋を飛び出していった後、彼女は自分の城に帰ったらしい。今まで、自分に対して拒否する事がなかったせいか、よほどショックだったようだ。でも、気持ちはわからなくもない。きっと私も今、イチジ様に拒絶されたら、ショックは大きいだろう。

しかし、王女様は泣いて城に帰ったわけではなかった。


王女様が城に帰った次の日。
ジャッジ様達は今日は各自室にいて、私たち使用人もいつも通り掃除をする。


「庭師のお手伝いですか?」
「えぇ、いつもやってくれている子はちょっと別の仕事があってね」
「わかりました」


城の外の仕事を頼まれるのは初めてだった。今まではずっと城の中の仕事で、王子に連れ出された時に外に出たものの、それ以前に城から出た記憶がない。ありがたいことに城の中にお部屋をもらっているからかもしれないけど。

そして、私は頼まれた仕事の手伝いをするため城の外へと出た。

今日の天気は快晴で、風もなく、心地いい。しかし、外には銃を抱えている兵達がたくさんいる。いつもこんなだっけ? と思うも、連れ出された時は物騒な雰囲気ではなかった。

何かあるんだろうか。 そう考えていた時だった。


島に隣接している箇所からドォンッ!と、爆発音のような大きな音と共に地鳴りも響いてきた。突然の事と、大きな音で肩を震わせながら、音がした方へ目を向けてみれば、黒煙が立ち込めていて。その直後、銃を構えていた一人が叫んだ。


「ジャッジ様!! 国王軍と共に海賊達が姿を見せました!」
「え……」


その声が聞こえたのか、城からはジャッジ様とその後ろからはイチジ様達がレイドスーツを着用した状態で姿を現した。これから一体、何が起きるんだ。訳がわからない私はその場に立ち尽くしながら、ジェルマの外を見てみれば、森から沢山の兵達がこちらへ向かってくる。

きっとあの集団が先ほど言っていた国王軍と海賊なんだろうか。でも、何で……海賊が?


「ナマエ、中に入ってなさい」
「レ、レイジュ様! これは一体……」
「向こうの国王が怒ったのよ」


近くまで来て、教えてくださったレイジュ様の言葉の後、私たちの方に砲弾が飛んで来て。向かってくる方角がもう私に当たる向きで、避けなければと思ったのに体が思うように動かない。

どうしよう──。

そう思い、咄嗟に目を瞑った。


しかし、ドォンッという音と地鳴りは聞こえたものの痛みすらない。不思議に思い、恐る恐る目を開けてみればそこには自身の剣を持ったジャッジ様がいた。

何で……。


まさか、ジャッジ様自ら使用人である私を助けてくれたというのか。

訳がわからず、その場で立ち尽くしているとジャッジ様から「死にたくなければ城に入れ」と言われてしまい、慌てて城へと戻っていった。




この後、相手国が滅んだことですぐに戦争は終わり、ジェルマは国を出航した。
他の使用人から聞いた話では、王女様が泣いて帰った事で国王様が怒り、ジェルマを襲撃してきたらしい。それをジャッジ様は見越していたとか。

何故王女様が泣いて帰ったかは、使用人の人達の中では誰一人知らなかった。でも、きっと私が聞いてしまった時だろう。そしてあの国王は何組もの海賊と手を組んでいたとか。

だからといって、ジャッジ様はそれは許せないからとかで戦争をするような方ではない。ジャッジ様はどんな考えがあったのかはわからないが、王女様がイチジ様から離れたことで少しばかり安堵している自分がいた。

(2018/03/23)